少年が恋する生首 03















目を見開いた彼が微笑んで夢は醒めるはずだった。
けれどいつまでたってもあの独特の浮遊感はやって来ずに代わりに夢の自分が幼少ではなく現在の生きている姿になっていることを自覚する。
短く丸みを帯びた手足が伸びて骨っぽく貧相になっていく。
自分の体も心もコンプレックス塊であったので服を着ているのに恥ずかしいと思う、あの幼少の頃の自分の姿はあまり覚えていないしそれはそれで不格好な所はあったのだろうけれど少なくとも可愛がられてはいたので彼の前に出るのならその方がずっとましなのだろう。
それに今の自分で彼に見つめられるということはその視線に性的な反応を示すようになった身体まで見透かされるような気が耐えられない。
死んでしまいたいと思う心に反して生首を見つめる目は閉じることもそらすこともできなかった。
夢は夢だからすべては思い通りというわけにはいかないが、微笑む彼をもっとよく見ておきたかったのでそちらも正直な気持ちなのかもしれない。
ふわふわと液体に浮かび、微笑む彼はやはりどんな芸術品よりも美しく他の誰よりもシンジを魅了するものだった。
そういえば彼の頭(頭だけしかないのだが)が少し低い。
小さなときの自分と視線があったのは彼がシンジにあわせてくれていたのだろうか、それとも都合のいい夢の編集なのかどちらでもいいと少し屈んで頭一つ分低い生首とちょうどぴったり視線が合うようにして幼いころのように限界まで近づいてみる。
そうすると厚いガラス板なのかアクリル板なのか水槽を保護するためのそれが主張をおおきくして邪魔になる。
屈折した光が時折彼を隠すから短い爪をかかるところもないなめらかな表面に立てた。

「やめたほうがいい、傷ついてしまうよ」

「でも、君をもっとちゃんと見たいんだ」

彼が喋りかけてくれたことに驚く間も、水の中にいるはずなのにはっきりと聴き取れる声があまりにも優しく穏やかで自分と同じ少年のものに類されるそれであることに身を震わす間もなく、責めるような響きに口が勝手に開いて本心ではあるが普段なら絶対に言葉にしない主張をする。

「僕だって君を見ていたい。初めてだね。僕が目を開けてもまだいてくれる」

いつもすぐに帰ってしまうんだもの、という非難を含んでいるはずのそれはうらみがましくもやはり耳に直接吐息を掛けられたような微妙さを持つ囁きで脳がおかしくなってしまうように思えてならなかった。

「だって、僕の記憶はあれで終わりなんだもの」

微笑んだ彼を見て幼い自分は逃げ出したのかそれとも連れ戻されたのか記憶はぷっつりとそこで途絶えている。
その後母親が事故で亡くなってからはあの研究所へは行っていない、泣いている黒い服の大人たちをぼんやりと怖いものだと眺めた記憶があるくらいでそこからはっきりと思い出というものができるまでには時間が掛っているから自分の脳はまだまだあのときは未発達でまともに何かを覚えているには小さかったのだろう。
どうして彼ばかりが思い出にならず未だに残っているのか考えてみれば異様で、優しかった母親の笑顔も出来の悪い砂の城のように組み上げてはさらわれるというのに。

「君が望めばいつだって会えるし話せるさ」

「でも、これが。邪魔なんだ」

「僕は首だけだからね」

駄々を捏ねるように水槽を弾いたシンジになんでもないことのように彼が眉尻を下げる、きっと肩があったらすくめてみせただろうという豊かな感情表現だった。
こんな表情もできると知らずにいたと思うともったいないが本当は会えてすらいないのだから今知ることができただけでも僥倖なのかとそうだね、首だけだねなんて一緒におどけてみせる。
夢の中の自分は現実よりずっと器用に彼と話してみせる。
きっと実際に会ったとしたらこう上手くはいかないだろう。
緊張して頭の芯から茹で上がらせてうまく言葉を出せない、まともな相槌すら打てないできそこないの碇シンジを簡単に思い浮かべることができた。

「首だけでは歩けないし君に触れることもできない。何より不格好だろう」

こんな姿しかさらさずにおいて今さらだけれどと照れたようにしてみせた彼に必死で首を振る。
身体があったら触れてくれるのと心臓から期待に満ちた幼子の声がして喉の奥から出ようと必死だ。

「首だけでもそんなにきれいなのに。身体まであったら僕はどうしたらいいかわからないよ」

「そうかい」

「そうだよ。だって、身体があったらどこかに行っちゃうじゃないか!」

理不尽であまりにも自己中心的な主張は本心なのか、今まで考えたこともなかったことなのにもしかして自分は生首だから彼が好きになったのかと背筋が冷えるような問いかけが降ってきた。

「どこにもいかないから首から下のない僕がいいのかい」

「そうだよ。だってそうやってるうちは誰も君に触れられないじゃないか。僕を見ていてくれるじゃないか」

「でも君に触れることもできないね」

「そうだけど」

今すぐそこから出てきて抱きしめてと言う自分と彼を閉じ込めようとする自分とただこの場から逃げてしまいたいと思う自分がいるなと碇シンジはそれを見ている。
本当はどうしたいかなんてわからなかったけれど生首でも彼が僕に触れられる行為があるなと考えている。
キスしてと水槽を割って、掲げた彼の首の前で瞼を閉じれば夢ならあるいは叶ってしまうだろうか。



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