少年が恋する生首 01















起き上がるのは憂鬱だった。
今日は家に誰もいないし本当にごく稀に迎えに来ることがある友達にもその理由がない(例えばつい先月終わった体育祭などの)。
けれど汚れた下着のまま廊下を歩いて風呂場へ行くというのはなんとも気まずいし誰が見ていなくても恥ずかしい。
あの生首を見た日は六割くらいの確率で夢精している。
今日は湿っているから運の悪い日だろう。
手さぐりで確認した携帯電話の時刻表示はまだアラームの一時間前だったので、首に軽く巻きついた音楽プレーヤーのイヤホンコードと汚れた下半身の他に問題はないのは幸いなことだけれど。
よく晴れて暑いくらいのいい朝だ。
碇シンジは何不自由ないとは言えないが一応健全な中学生であり、母親が亡くなってからまるで何かに憑かれたように仕事に没頭するようになった父親が家にほとんど帰らなって久しく、ほぼ一人暮らしのような状態続いていてもなんとか成長を続けていたために自分の身体が何かの拍子に性的な反応をするようになったり、目を覚ましてからはっとするという体験がまったくないという状況の方が自分の年代には、個人差はあれど珍しいことなのだと知っている。
しかし初恋の相手が生首で、それに微笑まれたというだけで下着を汚す、というのはいくらなんでも異常ではないかというのはわかる。
例えばグラビアアイドルやクラスの想いを寄せる少女の裸やきわどい姿の夢などであったなら多少気まずい思いもするかもしれないが納得もいくだろう。
しかし相手はかなりの美系ではあるけれどもおそらく、印象が間違いなければ男で、まともな人間の形すら取っていない。
自分は生首にしか興奮できない変態なのかと心配になったこともあるが、クラスで回ってきた「そういう」雑誌を見たときにもまともな反応を示していたのでそういうことではなくどうやら夢の方が特別であるらしかった。
見るのはそんなに連続してのことではなく、何週間おきかだったり何か月か間隔が空いてからだったりするのだが決まって幼いシンジが研究所で生首を見つけて彼が眼を見開いて微笑む場面で終わる。
今では実際にあったことなのか夢のなかで作り出された幻想なのかあやふやに思ってしまうくらい昔のことだというのに妙にはっきりした印象と決まり切った概要はある種不気味でさえあって、けれど彼がシンジの初恋の人であるのは夢の残像が残る今もどくどくと脈打つ心臓と不快感をよそに必死で場面を再生しようとする頭と熱を持った頬とで明らかで、夢を見始めた1、2年前までは思い出というより心の支えのように、それこそ恋焦がれて度々彼を想う日もあったからもしかしたら呼ばれているのかとおかしな妄想を抱いてしまうくらいだ。
それとも夢にすがってしまうほど、思い出にしか良いものがないと思ってしまうほど自分が無意識のうちに追い詰められているのか。


(そんなはずないんだけど)

むしろ中学に上がり、今のクラスになってからは新しい友達もでき、それまでに比べればずっと楽しい日々だった。
何の波乱もない穏やかな日常であることに、自分が何をやってもあまりうまくいかない不器用な人間であることに自己嫌悪することはあってもそれまでのように逃げ出したいと家に帰ってさえ膝を抱えていた時とは違う。
むしろ今のようなときが続けばいいと思ってすらいる。

(だからなのかな)

彼にさびしいと言われているような気さえしてしまう。

「あ」

自意識過剰どころか単なる思い込みであることは分かっている。
そもそもなぜ生首なんかが父や母がいる研究所にあったのか、今彼がどうなっているのかそもそもなんのためにあったのかどうしてあのまま生きていることができたのか。
今の今まで誰にも言わずに生きてきて勝手に恋い慕っていたけれど会ったのはあれ一度きりで今なら考えなくても重要な秘密であり、おかしいことであるのもよくわかる。
父が今そこで何をしているのかが気にならないなんて嘘になってしまう。
けれどもそんなことを考え込む余裕もなく、自分が丸ごと捧げたような想いを彼が少しでも返してくれるのならと想像しただけで熱の残った体内が反応してしまった。

「…っ、う」

やはり自分は異常なのかもしれない。
我慢のきかない手が下着を浮かせて足の付け根に潜り込む。
どうせ洗わなくてはならないのだからと言い訳をする脳はその実すっかり自分のもののようになった気でいる生首の残像に支配されている。
もっと見たいと力の入った目尻から薄く涙がすべっていく。
ねばついたものはすでに冷えていて、けれど体温は上昇するばかりで瞼の裏の彼に苦笑されたような気がした。



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