少年が恋する生首 00
タイトル通りですのでご注意。
父さんと母さんの研究所に連れられて行くのはあまり好きではなかったように思う。
最初はそれこそどこもかしこもパイプが走り回るメタリックな内部が巨大ロボの中身のような気がして新鮮だったし、カッコイイと憧れに似た気持ちで白衣を着て忙しなく動く大人たちを眺めていた。
けれど目新しさが失われてからは遊んでくれる人も居らず家にいるときは子どもの話に注意深く耳を傾けてくれる両親も眉尻を下げて(父さんの場合厳しい表情に変わりはなかったけれど)ごめんねと僕を遠ざけたから次第に楽しいはずの休日に押し込められる退屈な場所になっていった。
本当は遊園地や動物園に連れて行って欲しかった、というより近所の公園でもデパートへの買い物でも良いから普通の家族みたいに過ごす時間が子どもなりに欲しかったのかもしれない。
わけのわからないガラス張りの景色を茶色い椅子に座って見るともなしに見ているというのは苦痛以外の何物も生み出さずにクリスマスに枕元に置いてあった携帯ゲーム機も同じロムを何度か繰り返させられてお役御免になっていた頃だったか、大人たちの目を盗んで探検を始めたのは。
幼い僕には分からなかったけれどあの施設にはそこらじゅうに監視カメラが張り巡らされて、何がそんなに大事だったのかは知らないが死角も欠点も無いよう厳重に守られていたらしい。
しかし僕の探検が咎められたことはなく、帰ってきて椅子に座るまで誰にも会うことなく『今日もいい子でえらいな、シンジくんは』『あらあらシンジ、ゲームも何にも持ってこなかったの、退屈にさせてごめんね』と笑顔で抱き上げられた。
今ならば疑問に思うかもしれないけれどそのときはほとんどなんとも思わずに、不思議と探検に行った話は口に出さないまま母さんに今日の晩ご飯は何、なんて尋ねたものだ。
探検をしても物覚えも要領も悪い頭ではさほど遠くに行けなかったからこの遊びも飽きてきたなと思いだした頃だった。
誘われるように奇妙に通路の色が違う場所に入り込んだのは。
そこで僕は人生ではじめての恋をする。
美しい生首だった。
生首。
そう表現するしかない、僕が見たものは間違いなく生首でそれ以外のものではありえなかった。
広くもなく狭くもない部屋の中心にぽっかりとあった細長い円柱形の水槽にそれは飾られ、実際には理科実験室の標本のような扱いだろうに飾られと表現するほかないように美しいものだった。
真っ白く、漂白されたと言っても信じたかもしれないほどの白い肌、髪色は白には暗く灰色には艶のある銀で、薄いオレンジ色をした培養液のようなもののなかで繊細にしかしたっぷりとたゆたう。
同じ色の長い睫毛は閉じられて柳眉もすっと通った鼻筋も計算しつくされた曲線を描いていたけれど、大きめに横切る薄い唇だけがバランスを崩しているようでそのことが逆にたまらなく魅力的に見えた。
胴体と繋がっているべきところはどうしてかねじ切られたようになって、光の加減でなのかきっとグロテスクな傷跡とその中身は見えなかったけれど血があふれ出ていないことが不思議になるくらいの乱暴な切り口は生首がつくりものではないことを伝えている。
こんなに美しいのに真っ白なのに生きているのかと思った。
生きているという印象は本来ならば抱くはずはない。
なんといっても頭と胴体が離れているので呼吸器官も勿論心臓もない。
幼かった僕にはそんな生物学的な話は理解できなかったかもしれないけれど子どもだったって生きているもののそうでないものの違いは直感で分かるだろう。
しかし生命活動を停止しているという信号をなぜか僕の脳は送ってくれなかった。
それほどまでに生首が生気あふれていたのかと言われればそうではなく、肌はふっくらとして目も落ち窪んでいなかったがあくまでそれは静かにそこにあっただけで培養液のせいで膨張しているとか精巧に千切れた生首を模したお化け屋敷用のマネキンであると教えられたならばそのまま信じてしまいそうな見た目だったと思う。
ただ直感はただそれが生きているということを、脳はそれがいかに魅力的で美しく好ましいものであるかを伝達して一瞬にして僕を生首の虜にした。
「きれい」
口をついた感情は精一杯の賛辞だったのかただの独り言なのか口下手で声も小さかった僕が呟いた言葉はおそらくそこに背が高い大人がいれば届かなかっただろう。
長く線を引くような薄い唇はどんなふうに微笑んで語りかけてくれるのか。
瞼の下ろされた瞳はどんな色をして景色を映すのか(こんなにきれいな彼のことだからきっと瞳も特別に違いない)。
そんなことを考えて夢中になっていたせいでほとんど額をくっつけるように水槽に近づいて見つめていた。
どんなに近くでもまだ近づきたいと思ったからそうなのだろう。
銀の睫毛が一本一本長くまるであつらえた額縁だった。
彼の血のように赤い瞳に似合う。
(あれ、どうして赤いって知ってるんだっけ)
今やその目は見開かれて弧を描いた口元と一緒に僕を見ていた。
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