あらわなる夜の話 後


R-15ですご注意!!


















「あ、はあ、んっ」

舌を絡ませるどころかまともなキスすら初めてだった。
それなのに息をつく合間すらない。
乾いていた唇も口内もすぐにどちらのものかわからない唾液でぐちゃぐちゃになってしまっている。
佳主馬の唇から血が出ていたせいで最初は少し鉄の味がしたけれどそれももう感じなくなっていた。
最初にキスをしたのは健二の方で、けれど掬い取るように唇の傷口を舌でなぞるようなキスと言えるのかわからないそれを追いかけたのは佳主馬だ。
離れた軌跡を辿って真正面より下にあった顔の焦点がぶれるのを健二は画面の中のできごとのように見ていて、それでも胸あたりのパジャマを掴んでいたはずの両手が脇の下を通って背に回り、強くねだるように引くものだから自分の方からも抱いた背を引き寄せ直す。
今度こそ唇を合わせたキスはそれだけでは終わらずお互いの口内を侵食する行為になっていった。
舌を擦り合わせて噛んでから吸い、歯列も頬の内側も上顎にも届く範囲は全てと言わんばかりに触れる。
やり方なんてわからなかったから口の周りはひどく汚れて、呼吸することも忘れていたから水の中に潜っているかのように苦しくて、泳ぎきってやっと酸素を身体に入れるようなぎりぎりの息継ぎを何度かした。
抱き直したときと舌の裏を舐めたとき、健二の足を挟んだ佳主馬の内股にぎゅ、と力が入ったから酷な手助けをするように押し上げる。
背を伸ばして硬直し、目を見開くのが気配でわかった。
驚いたせいなのか舌を噛まれて指をそうされたときのように頭の中がじいんと痺れる、そこでやっとついて離れての運動を繰り返していた唇を離した。
はあ、はあと断続的な息遣いしかきこえないなかそれを吐き出す唇をじっと見て、てらてらと濡れたその周りをパジャマの袖でぬぐってやると長い睫毛がそっと持ち上がって健二を見る。

「けんじさん」

背に回された手に力が入る。 呼ぶ声には熱い息が混じって目には今にもこぼれそうな涙の膜が張って、熱を出しているみたいだ。

「かずまくん」

呼ばれたようにそっと呼び返した健二は背中に回していた右手をそっと引いて、佳主馬の、ひどく乱れてしまったタンクトップの裾に潜り込ませる。
肌に触れた、と思った瞬間ひくと腹筋が引き攣って身体全体が振動した。
今度は声を出すのを咄嗟に我慢したらしく息を飲んだような音だけを耳が拾う。

「やっぱり、佳主馬くん敏感なの」

先ほど嫌がられたときと違い首を振る佳主馬の主張を無視して脇腹を上に向かってなぞった指は汗をかいた腋をくすぐり中心部へ戻る。

くるくると円を描くようにして小さな突起にたどり着いた。

「なっ」

「ここも」

たってるねとそう教えるために囁きかけた耳も暗闇でもわかるほど染まって、触れた場所を軽く爪の先でかいてぎゅっと指先に力を入れるとくすぐったがっているのか苦しんでいるのか判別し難い息の音が口から洩れた。
先端をなでると身体が跳ねる。
押しつぶすと震えるように力が入る。
けれど佳主馬自身はその自分の変化についていけていないかのように、未知の刺激に恐怖でも抱いたように首を振って目を瞑り唇を噛む。

「へんっ、なんかそれ嫌だ。やめ、やめて、おにいさ、あっ」

「触ったことない?」

「あ、当たり前だよ。男だろっ」

噛みつくように返される。
それはそうだ、健二だって自分のそこを執拗に触ったりしたことはない。
もちろん触られた経験もないが。
どんな感じがするのだろうかと一瞬頭をよぎったけれどそれより佳主馬がこれからどう反応をするのかということの方が気になった。
身を震わす姿を、熱っぽい表情を残らず暴いてしまいたくなる。

「気持ち悪い?僕がこんなふうにするの」

ぐりぐりと回しながら押しつぶすようにするとんーっと鼻に抜けるような声を出して爪を立てるようにされた背中がパジャマ越しにでもぎりぎりと痛む。
爪は伸びていないだろうけどまだ細い佳主馬の指は骨の間にやすやすと食い込んでいくのだ。

「き、きもちわるいっていうか。くすぐったいのと、ぞくぞくするのと、あ、あんまりしないで。じんじんして、わかんないっ」

反射的になのか考えるどころではないのか律儀に感覚を伝えようと薄く目を開けて健二を見た佳主馬だったが、言葉の途中で徐々に頭が冷えたのか乱暴に語尾を切ってまた強く瞼を閉じる。

「そっか、痛かった?」

労わるように手を離した健二にやっと解放されたというように長い息を吐いて、しかし汗をかいた肌にべとりとついたものにまたそれが止まる。
日焼けした胸は塩気のある味がしたけれど不快だとはどうしてか思わない。
舌先を付けてそのままいじっていた突起を舐め上げる。
佳主馬の反応は膝を入れこんだときともそれを押しつぶすようにいじったときとも違ったもので、どちらかと言えばくすぐったときのものに似ていた。
ともすれば笑い出しそうに中途半端に口の端を上げて、けれどそこから漏れる声は押し殺した悲鳴に近い。
健二は埋まらない薄い胸板にさらに顔を近づけて額は鎖骨を擦る、髪がくすぐったいかもしれない。
甘えるような仕種だとこちらは本当にくすりと笑みを零す。
人に甘えるようなことをして気分がいいと思ったことはあまりない。
そもそも上手に甘えることを知らない子どもだったのだと幼少や、佳主馬くらいの年代の自分を思い返してやっと自覚する。
唾液の膜が纏わりつく佳主馬の乳首をじゅると音を立てて吸って刺激に反り返った背中を撫でた。
その背中も、先ほどよりずっと汗ばんでいる。
そういえば布団の中に潜り込んでいたのだと、寝汗とそれからこもった湿気でなお熱くなり張り付いてしまったパジャマをひどく煩わしいものと思う。
どうやって脱ぎ捨てようかと顔を出す乱暴さに、さすがにそれは笑えないと冷静な誰かが言う。

「わ、らう。ん」

「あ、違うごめん。佳主馬くんのことじゃないよ」

「ひい、ん」

笑う声と泣く声は似ているとどちらだかわからなくなって顔を上げる。
自分が下がってきたのか、佳主馬が逃げるように上に伸びたのか、枕が布団の外に追いやられていた。
暗い中焦点を近づけたり遠ざけたりするのが難儀なのか開いた瞳孔の仕事は遅い。
眦に光を返すものがあるとやっと認識できたからそこで身を起こした。
お互いに身に付けた衣服同士が、それかその衣服と肌が、素肌と素肌が触れ合う距離から少しだけ離れる。
首を捻って逃げようとしていた佳主馬が突然止んだ刺激にはっと目を見開く。
そういう瞬間が、まるで複数枚の繋ぎ絵のように綺麗だと一枚一枚写真に収めてしまいたいと覗きこんでそう思った。
お互い横たわる体勢のままだった先とは違い、今は佳主馬の見上げる先に、天井と同じ視界に健二の顔がある。
へらりと笑ったらまた癇に障ると言われてしまうだろうかと思いながらも健二の頬は緩んだ。

「あ」

開いた佳主馬の唇には先ほどの名残なのか、それとも声を出したときに零れてしまったのか眦よりは弱く、しかし広範囲におそらく粘性を持ってやわらかに月の明かりを反射しているものがあった。
親指で拭ってから、佳主馬の唇は薄い、その繊細さに比べれば男らしくないと常々コンプレックスを持って眺める自分の指も武骨さが際立つようだ。
こくん、と首の辺りの筋肉が動いた。
片手で掴めてしまうかのようなか細さをたどって、まだ顔を出さない喉仏や高温で震える声帯にまで微笑ましいのだか愛おしいのだか、とにかくそっと撫でてやりたい気持ちとめちゃめちゃに思い通りにしてしまいたい気持ちとがわき上がる。
す、と撫でた中指と薬指に似たような場所の筋肉が今度は意識的でなく運動した。
健二の背中にあれほど食い込んでいた佳主馬の指先は追いつめるものも圧迫するものもなくなって今や掌だけがひっかかるようになって簡単な刺激だけで落ちて行ってしまいそうだ。
頼りなさに一瞬だけ目を向けてそっと身体を落とす。
腕立て伏やら、そういう運動なんてまともにできたためしがないからバランス良くゆっくりとそうするのはひどく難儀だった。
途中で諦めて肘をついた左手と、右の掌も布団について、ぴったりとくっつけた佳主馬の身体にも体重をかける。
やっと滲んだ涙を舌で掬うことができた。
ちゅ、ちゅ、と続けて唇を寄せたこめかみと頬に、驚いたのかまた身体が硬直する。
赤い、と思った顔はその色の通り熱が出たかのように熱い。
もちろん健二の方も熱くなっているのは変わらなかったから熱さと熱さが触れて痺れてしまいそうだった。

「かわいい」

思った通り口にするとそんな言葉になった。
囁いた自分の声は空気のようで思ったより掠れて低い。

「お、とこにそんなこと」

「うん」

「ひゃあ」

多少の覚悟でもって擦りつけた下半身が自分で思うよりもずっと反応していた。
先走りまで垂れているような気がして今度は健二が唾を飲む。
膝を入れていたせいでかえってわからなかったのだろう、佳主馬は心底面食らったような顔をしている。

「ごめんね。僕も」

困ったように、どうしようかと問うように笑いかけるとしばらくは返事がない。
その間に後悔がぽつぽつと湧いた。
あのとき立て続けにくすぐったりしなければ、とかさらに刺激するような真似をしなければ、とか突き動かされるままにキスをしたりしなければ、とか。
けれどほとんどは佳主馬に対する自分の行為にではなく、もしかしたらこれから佳主馬を怖がらせてしまうことになるかもしれないと徐々に歯止めが利かなくなって麻痺していく脳からの最後の警告のようだ。
今止めてしまう方法ならある。
べったりと湿気をまとった布団を跳ねのけて気の早い秋の空気を廊下から入れる。
それから家人に気付かれないようそっとトイレにでも駆け込めばいい。
逃げ道を計算しながら吐いた健二の息は熱っぽく苦しげで思考よりずっと余裕のない身体を正直に告白していた。
見開いた佳主馬の目が耐えられなくなって瞬きをする。
それ以外はあまりに動かないものだから息をしていないかのようにも見えて、崩した顔のままどうやって会話を繋ごうかと何の考えもないまま健二が口を開きかけたところでやっと沈黙が終わる。

「なんで」

健二が佳主馬に問いかけたのと同じ言葉だった。
悲鳴でも笑い声でも喘ぐような途切れ途切れの言葉でもなく、細い声ははっきりと耳を打つ。
佳主馬の表情もまるで人形のように変わらない。
表情に乏しいかと思えばそうでもなく、そして笑うことこそ少ないが感情表現は素直だと、きちんと数えれば数週間に満たない程度しか一緒に過ごしていないが思い返せばべったりと佳主馬にくっついていたと言っても過言ではない健二はそう考えていた。
考えていたのに今は何を思っているのか読み取ることはできない。
見上げる瞳がもっと光を吸っていたのなら、もしかしたら自分が映ったかもしれないとぬらりとした眼球を見て思う。
だくんとひときわ大きく脈打った鼓動が触れている部分から伝わってしまったかもしれない。

「佳主馬くんには、わかる?」

支えにしていた左腕が痺れている。
体重を移動させれば擦れるとわかっていて、それでもろくに鍛えもしない筋肉はさっさと音を上げてしまったからずるりと布なのか肌なのか湿気なのか液体なのか動く音を聞く。
苦しげに呻いたのは二人とも同じだった。
直接的ではあるのにもどかしい刺激に視界が一瞬暗くなる。
は、は、と短い呼吸に遠くに飛ばされた視線はやはりなかなか帰ってこない。
何か言おうとしているのか、それとのはくはくと開いたり閉じたりする口は酸素を求めているだけなのか。
答えも聞かずに吸いついてしまいそうになって触っていた布団をぎゅうと握った。
力の入った右手を目の端でとらえて驚いたのかひくと動いた佳主馬の目が健二へと戻る。
ちらりと横を向いたそれで濃い睫毛の長さも知った。

「わかんない、から訊いてんでしょ」

「それもそうだね。でもさっき佳主馬くんも」

「それは。違う」

「違うの」

「違うよ」

健二さんはなんで僕なんかに勃ててんのと合間に息ばかり入れながら言うものだからこっそりとひそめるような声色も手伝ってすっかり無声音だ。
いつも通りのなんでもなさそうにぶっきらぼうに放たれるその言葉こそ意地を張っているように感じられてす、と背中を滑り汗で張り付いたパジャマ越しに肩甲骨をなでる指に背骨から肋骨まで震えが走る。
それが佳主馬にまで伝わったのかまた二人して息を詰めた。
だるくなった腕のせいか、茹るような暑さに力まで抜けてしまうせいかお互いの吐息が鼻の頭にかいた汗を冷やす。
整って通る鼻筋を唇でなぞって眉間にもキスをした。
キスをする度、僅かに力の入る肩がまたかわいらしいとさっきからそんなことばかり考えて、きっとそれが質問の答えに近いのかもしれないとぼんやり思う。

「なんか、じゃない。佳主馬くん」

「ぼくじゃなくて、も、ひあ」

汗をかいた額にかかる長い前髪は舌で避けると重さでそのまま耳の後ろ辺りまで落ちた。
あまり現れることのない右目は当然ながら左目と同じ色をして暗がりに浮いている。
産毛も張りついた生え際の汗は胸板よりも薄い味がすると触れては離しを繰り返す唇や舌で比較して、ようやく回復してきた左手で湿り気を帯びた髪を梳く。
佳主馬が言っていることは例えば同じように布団で寝ころんだのが佳主馬ではなくても今のように反応するのかということだろうか。 可能性を上げようとしても想像がつかなかった。
憧れの先輩でありついこの間恋人代役を務めた夏希のことをそういうことの対象として見たことはなかったし、そもそも頬にキスされたくらいで緊張して倒れてしまうくらいなのだ、その先など想像できるはずもない。
何かをしたいというよりただ眩しいと感じている。
そうやってふわふわ漂っていた現実感のない恋と今意識している体内の情欲は繋がらずに目の前の少年によって突き動かされている。 撫でた頭も、触れた身体も、絡ませた脚も何もかもが小さく細いとそれだけでもぐ、と歯を食いしばって耐えなければ何かしでかしてしまいそうだった。

「それは違うかも、ていうか佳主馬くんじゃないと」

こんなになんない、と意図的に擦りつけた場所はまた硬度を増して、今度こそぐち、とくぐもった水音を感じた。
ひっと声を上げた佳主馬の指にまた力が入って、パジャマの生地には健二が握った布団と同じような皺が寄る。

「やめ、て。だめだよ」

ふるふる、と首を振る佳主馬に同じような無声音でどうしてと返す。
見返す目も息を吐きだす唇も近い。
おびえたような色で歪んだ反射をした瞳が細くなって、いやいやをしたそのまま顔が背けられるから引っ張られるように追いかけた。

「だめなの」

「だめ」

「どうしても」

「どうしてもだよ」

唇の距離が近いから、キスを拒絶されているように錯覚する。
それも、本気の拒絶ではないと知りながら追いかけるような、また甘えていると許されたがっていると健二は拒絶された分の距離は詰めないままほんとに、と再び佳主馬に問うた。
何が駄目なのかそう言えば聞いていないとも過ぎったけれど、もう何をだめだと言われても本当の禁止には聞こえないとも思う。
こらえるように噛んだ佳主馬の唇に吹きかけるような長めの、あくまで余裕のない呼吸のうちで長めの息を吐いて擦りつけるのではなく揺らした。
揺らしてから明確な行為を示す動きになってしまったかもしれないと、平素に比べて随分と大胆なことをしてしまった自分に首から耳からどこもかしこも真っ赤に焼けてしまったように感じる。
佳主馬もそう思ったらしい。
高い声を鼻から抜いて誤魔化して見上げるのではなくきつい目が睨んでいる。
触れ合った部分は未だ熱い。
べっとりとした熱で容易には離れそうにないように錯覚してしまう。

「健二さん」

「はい」

押し殺した声色に真面目くさって返事をするととりあえず顔を離せとそれこそ指一本分くらいしか離れていなかった唇と唇の間に佳主馬の薄い掌が入り込む。
小指、薬指と唇に触れてあとは顎を掴んで退けるための仕種だった。
掌も身体や顔と同じに温度が高く触られた健二の部分はまたびりびりと痺れて、軽く押されただけでは見開いた目を閉じることすらできない。
対して佳主馬は体勢のせいか、それともまともな力が入れられなくなってしまっているのかろくに手をつっぱりもしないではあと息を吐く。

「はなれて、って」

「佳主馬くん」

「やめよ。こんなの」

「いや?」

「ちが、あ。いやだよ!なんで男とべたべたしなくちゃなんないの!」

「声」

思わず高くなってしまったのだろうぼそぼそとした会話のうちには入らなくなったそれを嗜めるときまり悪そうに扉の方に視線を飛ばす。
健二も健二で外の物音などまるで気にしていなかったことに気が付いて一緒に耳を澄ましたけれど、変わらず虫の声が聞こえるだけの晩夏の静かさだった。

「違う?」

言いかけた佳主馬の言葉を拾って引き絞った声のまま返す。
ぎゅ、っと思わず力の入った指を舐めてみたいだとかそういうふうにぼんやり思考して、もしかしたらあちこち舌で確かめるのが自分の嗜好なのかと背中に溜まった汗がつうと腹のところまで流れた。

「佳主馬くんはいやじゃないの」
声をひそめるよう注意するのは思ったよりもずっと大変だった。
抑え込もうとした熱はともすれば簡単に戻ってくる、もしくは容易く上昇の一途をたどる。
はあ、はあと自分の呼吸ばかり大きく耳障りに聞こえ、佳主馬のそれも重なったり離れたりしながら一緒に響いた。
指からはもう押しのけようとする力はなくなっていたけれど変わらず健二の口元に触れている。
取り払ってしまいたいとはどうしてか思わずに唇を舐めるのと一緒に思わずと言っても、考えた通り触れてしまった。
ひくりと佳主馬の肩が揺れる。
そっと逸らされた熱を持った頬と涙の膜を張った目は敷き布団を握った健二の腕の辺りを行ったり来たりしてたまにちらりと上を見る。
不快だとか機嫌を損ねているのではなく、何を言っていいのか迷うような覗うような表情だ。

「こういうのは、恋人とするんだよ」

馬鹿にしないでよと口にしてから傷ついた、というふうに佳主馬は眉をひそめた。
背中の指にまた力が入ったことを知って、そして擦れたパジャマの生地がちくりと何かを刺激する。
傷ができている。
パジャマ越しとはいえ、佳主馬に強く握られたことで擦り傷が、似たようなものでもできてしまったのかもしれない。
細い指のその通り赤く跡の付いた背中を連想して、ぞくりと寒気に似た、けれど確実に熱気であるものが足先から首元まで這い上がった。

「佳主馬くんと僕が、恋人だったらいいの」

「そういう問題じゃ、って。え」

ぱちんぱちんと瞬きする大きな黒目と濃い睫毛、少し顔を起こしたせいか健二は自分が影になってそこに映っているのを見た。

「こういうこと、今になっていうのだめなのかもしれないけど。佳主馬くんのこと可愛いって思うし、今すごく、そのキスしたい。とか思うし。あと、このあの。下の、これだって佳主馬くんのは生理現象みたいなものかもしれないけど、僕のは佳主馬くんのこと触りながらこ、興奮してこうなっちゃったんだし」

自分で説明するのは考えてみればひどく恥かしい。
ざわざわと下腹が落ちつかない感覚を味わいながらつまり、そういうことではないのかとたどたどしく口にする。
考えてみれば佳主馬のような年ごろの男子の反応に気付いたのなら傷つけないよう何かしら対策するのが年上なのではないかと思い返せばそう判断できるのにあまつさえ興奮してキスまでした。
自分も同じようにして今は下半身を擦りつけて行為の真似事をしている。
この先、男同士にこの先があるのかどうかは分からないが、それもどうしてか嫌悪することなく望んでいる。
乱れて高く声を上げる佳主馬を唇が触れ合う距離で見たいと思った。

「それ、お兄さん本気で言ってるの」

「あ、ご、ごめん」

「落ちついて、後から考えて、やっぱりだめとか言われたら僕許さないけど」

唇に触れていた手がそっと顎をたどり、首筋まで降りて目立たないとはいえ佳主馬と違って突き出た喉仏に触れて、横に逸れてから耳の辺り、気付けば汗をびっしょりかいたくしゃくしゃの髪の中に指が侵入する。

「健二さんのこと、すき」

「へ」

「変だし、ちょっと情けないし、頼りなさそうだけど。でもそんなとこも結構」

そこで佳主馬はまた一瞬視線を逸らす。
あ、照れたと何度か経験したことのある感覚に、けれど今日だけは違ってずくりと身体の中にあるものが動かされる。

「だから勃ったの」

今さら返された健二の問いに対する答えだった。
ねえわかったと問われるようにただくっつけただけだった脚が佳主馬の左足が上がって健二の右の膝裏を撫でる。
おさまらないままの熱同士がまたぐちゅりと淫猥な音を立てた。

「ひ」

「はあ」

一度そうして呼吸を整える。
健二も同じだった。
年上とはいえ経験のないものには等しく過ぎた刺激だとかくらりと眩暈に似た感覚を訴える頭が言う。

「佳主馬くん、それほんと?」

「もういわない」

「あ、そんな。ごめん」

謝りながらも徐々に近づけた唇で今度こそキスをした。
喋ってばかりいて乾いたのか、汗ばかりかいて水分を別のところにやってしまったせいなのか、唇は湿気のわりに乾燥していた。
何度か噛んでしまったのかそこからは鉄の味がする。
ちゅう、と立った音だけが恋の始まりに似てかわいらしかったけれどそれだけで、舌を伸ばして歯列を割り、潜り込んだ口内は触れ合った部分と同じようにそれ以上に熱いと、初めてそうしたときのように息継ぎもろくにできないで唇や舌を擦り合わせるだけのことに没頭した。
じゅるりと口全部で佳主馬の小さな舌を吸ったところで、ずっと直に触れることを邪魔していたハーフパンツを下着ごと下ろし、健二も自分のパジャマのズボンと下着を同じようにする。
見えない場所で引き下ろしただけだからもしかしたら上手くいっていなかったのかもしれないが、直接擦り合わせた部分に溶けてしまうと軽い恐怖すら感じてまた唇を合わせた。

「こ、の先って」

「わかんない」

「うん、僕も」

唇と唇の隙間で小さく会話しながら濡れていると意識できるほどになった場所を、探り合うように合わせては離して揺らす。
布団についていた右手を潜り込ませたら布団の中にも水蒸気かなにか溜まっているのじゃないかと思えた。
佳主馬の性器に触れる。
未発達で健二のよりも小さなそれはけれど確かに健二のものと同じように鈴口から蜜を垂らしていた。
指に絡めて擦ると、息を詰めた悲鳴に似た声が佳主馬から上がる。

「なに、すんの」

「佳主馬くん、は。こういうの、した、ことあるの」

「あんま、り。やあっ。く、さわんないで」

「だめ、いっしょ」

自分の言葉が幼子が使うもののようだと健二は可笑しく思ったが、手先は佳主馬のものと自分のものを一緒に握って粘性のある液体にまかせて扱く。
ただ擦り合わせたときよりもっと明確な水音がくぐもってなおもはっきりと聞こえた。
上手いかどうかは自信がない。
人と比べたことがあるはずもない、誰かを高めるような経験などもっとない。
けれど佳主馬は短い呼吸の間、その息すら時折忘れるように高く声を上げる。
慣れていないのならばすぐに出してしまうかもしれないと思ったそのとき、指と自分の性器とにかかる熱い液体を感じた。
そこで初めて布団をめくる。
洗う時にはどんな言い訳をしようとなんとなく考えたが、ひとまず明らかな汚れはないようで、細く息を吐く。
健二はまだ熱を溜めたままだから良く見れば格好はみっともない。

「よごれ、て。あ」

手に付いた精液をべろりと舐める。
拭くものがないと思ったからだが腕を伸ばして低いテーブルの下からティッシュを差し出していた佳主馬は信じられないという顔をした。
ばしばしと脇腹が叩かれる。
いつまでたってもこの手は背中にあると気付いてそれもひどく愛らしいと思う。
笑ったらまた叩かれた。
今度は手加減をあまりしていないようで痛い。

「いたい、ごめん」

「馬鹿。なんで」

なんでと呟いた佳主馬は顔は緩んだまま、眉根だけ寄せた。
その表情が泣きそうに見えて産毛に汗の玉を細かく付けた頬に唇を寄せる。
耳元で許してと言ったら溜息に似た長い沈黙が返る。

「かわいい」

「だから、かわいいとか。僕、男」

「知ってるよ」

「あ」

まだ主張したままのそれを少し力をなくし始めた佳主馬のものに当てる。
自分ばかり格好がつかないとまた一緒に擦ると、掌の中のものにも芯がもどり始めた。

「いや、あ、ん」

「ね、かわい」

「どこ、が」

先ほど佳主馬の出した精液も手伝って、響いてしまうのではないかと思える水音が鼓膜まで支配しそうになる。
真っ赤な顔で吐き捨てた佳主馬は当てられた健二の性器が、それを扱く手がどのくらいの興奮と、どこまで熱がせり上がっているのかわからないのかもしれない。
ひどく不安そうに見上げて背中に、ともすれば先より強く爪を立てた。
前の傷と相まってそれは快楽をときどき妨げるほどの痛みだったのだけれど、そのせいで健二の頭は時折冷えたのだけれど最後には興奮の材料にしかなり得ず、もうだめと唇から洩れた声と一緒に指先が食い込んで、半ばそのせいで健二も果てる。
眦から掬った佳主馬の涙は精液より少し苦いかもしれないと思った。









「明日起きられなかったら健二さんのせい」

寝ようとしたのが零時過ぎのことだったから今は夜中のどれくらいかなと思った僕にかかったのは腕の中からのそんな声だったと思う。
そういえばあのときも潜り込んで旋毛しか見せてくれなかった。
佳主馬くんの朝は僕が覚えている限り早い。
師匠の言いつけだと万助さんが新潟に帰ってしまってからも続く朝の稽古を僕もときどき早起きしたときには目にした。
今日のように聖美さんが様子を見に来るまで寝ているなんてことは滅多にないのだきっと。
改めて敷き布団と掛け布団を検分して妙な染みなんかついていないかを見る。
人さまの家の布団の上で、とかしかも四つも年下の男の子となんてと罪悪感はじわじわと胸を責めるけれど、それより過るのは佳主馬くんの表情だったり声だったりそればかりと言ってもいい。
そうやって僕は赤くなったり青くなったりしながらそういえば痺れて痛くなった腕でやっと一組の布団を抱え上げて納戸から一歩外に出る。
日の出とともに起き出す蝉は今日もみんみんと元気に鳴いている。
風呂場に行ってシーツだけでも洗えたら、中にいる彼に声を掛けようかとまた赤くなって首筋に汗をかいた。
それが背中まで伝って、僕の擦り傷を存分に刺激していってくれるのだ。














すみません本当長らくお待たせしまして。途中までかいていたのでさっさと上げる予定だったのですが。本当はオフ本の前にエロ一回書いとこうとおもって書き始めたものだったり。なんでか長くなった。


200901213