あらわなる夜の話 前











汗をかいたからシャワーを浴びるという佳主馬くんに聖美さんが困ったようにくすりと笑う。

「そんなに厚い布団で寝るから」

「タオルケットじゃ落ち着かないんだよ」

顔を背けた彼の耳が赤いことを僕だけが知っている。
背徳感というのか罪悪感というのか昨日の光景が頭を過ぎって口の端がくすぐったくてもごもごと動かしてみる。

「あら、健二くんもここで寝たの」

「いやあ、あの。パソコン借りてたらいつの間にか」

狭いのによく平気ねえ二人ともと首を傾けて、しかし納得してくれたのか何より打ち解けたのがいいことだと思ってくれたのか聖美さんはゆったりと身重の身体で台所の方へ向かっていった。
きっと朝食の準備でも手伝うのだろう。
もうすでに何かを炒める音や食器のぶつかる音がしている。

「健二さんは」

「え」

「お風呂、入る?」

「あ、え。いや、あの僕は」

「冗談」

いつものように呟くけれどそそくさと立ち上がったその手の中から替えのタンクトップが滑り落ちて、いつも通りではない彼の緊張と動揺を伝えている。
そういえば起きてから旋毛とか、後姿とかしか見ていない。
拾い上げるために屈んだ彼の前に回りこんで今は寝癖なのかわざとなのか顔のほとんどを覆い隠す前髪をかき上げた。

「なっ」

ほっぺたも赤いんだとそれだけで感動してすうと頬から後ろ髪まで手を滑らせる。

「ほんとだ、汗かいてる」

わかってるんならどいてと服を拾った彼は僕の手を振り切るようにしてばたばたと出て行ってしまう。
足音を追って、それから閉じられる引き戸の音まで。
屈んだところからしりもちをついて、扉に寄りかかったところで僕の鼓動もばたばたと騒がしいことに気がついた。
頬もきっと彼のが移ったように赤いだろう。
足先に触れる布団はいつの間にかひんやりしていたけれど、僕の体温は夜を思い出して上がるばかり。

「なにあれ」

視界を塞いで瞼に映るのはたった今、驚いたような彼の顔、それから抑え込んだ感情の下を見た夜と納戸の暗がり。
暴いてしまえばあんな顔をするのだと知ってしまったら戻れない。

「かわいい」

何度も言った。
佳主馬くんはさっきみたいに真っ赤になって苦しそうに視線を逸らしながら聞いていない振りをして、噛んだ唇からは血が滲んでいた。
執拗なくらい耳に吹き込むといやだいやだと首を振って、それでも爪を立てるように掴んだ僕の背を離さないものだから目じりの涙と滲んだ血を舌ですくってまたかわいいと言ったのだ。







「おきた?」

やけに眩しい。
顔を向けた方からいきなり強い光が襲ってきたような感覚に健二はしっかりと閉じていた重い瞼を半分ほど持ち上げた。
眠る前まで聞いていた声を遅れて脳が思い出す。
首元が濡れた感覚は汗をかいたのだろう、夏の夜だというのにまるで蓋をするように布団を頭まで被っていたのだから。
まともな光源もない場所で眼を焼いたのはパソコンの液晶で青だか白だかがちかちかと破裂する。
すでに電源を落とす操作をした後らしくその画面もすぐに暗くなって今度は突然の薄闇になった。
当然虹彩はついていけずに残像のように白い瞼の裏で暗い玉虫色がいくつもままたいては重なる。
それが消えるのを待たず声を出すと発汗のせいなのか掠れていて、ごくりと喉を鳴らしてみるが粘性の強くなった唾液はろくに望んだ役目を果たしてはくれないでいる。
ひどい不快感だったけれどもう一度はっきり音に出して呼ぶ。

「かずまくん」

「人の布団占領しないでよ。僕もう寝るんだけど」

ただでさえ狭いのに、と付け加える佳主馬にやっと目の慣れてきた健二は自分が横向きで寝ている布団が確かに人一人分のスペースもろくに残していないのを確認して寝起きの頭で計算を始める。
この布団の横幅だとか自分の身体の厚さ、手の長さ。
不確かな情報は多いけれどそれを求めることこそ、求められると信じて解き続けることこそ数学の醍醐味でもある。
しかし狭い場所に敷いているために片側が捲れ上がるようにマイナスされていることを失念していたために途中まで計算していた式は意味を成さなくなってしまった。
頭の体操になったのかならなかったのか計算を保留した健二は緩慢に顔を上げておはようと枯れた声を佳主馬にかけてごしごしと目を擦る。

「いまなんじかな」

「十二時過ぎたとこだよ」

陣内家の人たちは寝静まってしまっただろうが、健二にはなんだまだそのくらいかという認識だった。
もっと夜中を想像していたが、パソコンばかりいじっているといっても佳主馬の朝は早いからそんなに夜更かしもしないのだろう。
風呂に入って彼のいる納戸を訪れたのが九時半を過ぎた辺りでそれからしばらくパソコンを触らせてもらったりして敷いてあった布団の魔力に負けたのだ。
寝入ったのは会話の途中だったかもしれない。
そうだとしたら納戸に邪魔した上話の途中で人の布団に寝るという随分失礼なことをしたことになる。
怒っている佳主馬ならば問答無用で蹴りだされるのだろうから気にしてはいないのだろうけれど、一応ごめんと謝る。
予想通り別に、と簡潔に返された。
四つ下とはいえ気安い関係の同性がいるという実感が今更湧いてそれが佳主馬だということに健二の寝起きでただでさえ締まらない表情はへにゃと緩む。

「うわ。お兄さんの今の顔なんかいらっとした。さっさと出て」

笑った顔は不評らしい。
起き上がろうとした健二はしかし一度負けた引力に逆らえず再び布団に沈んでずるずるとその中を移動するだけにとどまる。

「もう一緒にねよう。うごけない」

「な」

ひらひらと手をこまねいてできるだけ端に寄る。
小柄な佳主馬ならなんとか入れるだろうというような空間ができて健二の腕は境界線の辺りでシーツを撫でた。
先ほどまで自分が寝ていたせいかそこはあたたかいというより熱く感じられたが、ずっと布団の中でこもっていたわけではない佳主馬にはあるいは心地よいかもしれない。
すっかり目が慣れて室内に細い月の光が浸食していることを知る。
都会の明かりがない場所は月や星の光がひどく明るく感じられることをここに来て初めて知ったけれど、今見上げている顔の表情はその明るさで逆光になっているせいか窺うことができなかった。
呆れているかもしかしたら今度こそ怒っているかもしれない。

「健二さん」

「んー」

「僕の邪魔したら廊下に転がすから」

いつもの彼の声より若干低く早口で呟かれた言葉を布団に埋もれたねぼすけが認識するかしないかのうちに頭一つ分小さな身体が健二の両腕の間に滑り込むように入ってくる。
こもっていた空気がぶわりと動いた。

「ん、ちょっと、この下の腕どけて。あと汗臭いよ」

健二に背を向けて横になった佳主馬は身体の下の腕をどけようとぐりぐりと身をよじって落ち着く体勢を探そうとしているが、そのせいでタンクトップがよれて肩甲骨と背中があらわになる。
めくれ上がって上は弛んだそれはほとんど衣服の役割を果たさずにただの布だ。
とん、とん、と規則的に身体に振動を伝えていた鼓動が乱れた気がして健二は引き抜いた腕で慌ててめくれた方を引っ張って直した。

「ごめん。布団あると潜り込んじゃうの癖で。あと、風邪ひくよ」

「そんなにやわじゃないよ」

不意にぐるりと振り向いた佳主馬の顔がひどく近い。
でも一応ありがとう、僕もそれわかると付け加えたのは先の早口ではなく一語一語なぞるような高い音の囁き声でひっぱり上げられた布団が肩のところに被さったのにも気づかないくらい聞き入ってしまう引力がある。
佳主馬の瞳のせいもあるだろうと健二はまた眠り始める頭で思う。
三白眼気味なのか見上げるようにすると面積を大きくする澄んだ白目のせいで黒目がやけにはっきりと見えるのだ。
白、こげ茶、黒で構成されているはずの眼は光源のためか薄く青いフィルターがかかっているような気もした。

「だから布団あるの」

「そう、落ち着かない」

そのままなんとなく視線すらそらせないまま真剣なのかふざけているのか曖昧な表情で会話する。
暑いときには起きたら蹴り飛ばしていることもひどい寝汗をかいていることもあるけれど寝入るときにどこか狭い場所に潜り込むとか丸くなってしまうという感覚は健二にもあった。
そういえば初めて陣内家に来て宛がわれた部屋でなかなか寝付けなかったことを思い出す。
夏希と侘助のことや慣れない人がたくさんいる家で落ち着かなかったこともあって眠るまでの間がひどく不愉快で枕を抱き込んでやり過ごそうとしたのだ。
結局あの暗号メールのせいですっきりしたのか疲れ切ったのか翌朝強制的に起こされるまで泥のように眠ったけれど。
佳主馬が眠るために納戸に持ち込んでいる布団は客間にある薄い毛布のようなケットより厚く重みがあって、だからこそ健二はちょうどよい穴ぐらを見つけた小動物のようにそこにぴったりはまって眠りこんでしまっていた。
起きる気力がそがれたのもそのせいだと健二は頭の中で言い訳する。
どうやら佳主馬も布団のなかにくるまっていた方が落ち着くらしいからきっと今の言葉は「それならしょうがないね許してあげるよ」の代わりなのだと都合よい解釈まで付け加えて。
それにしても布団でもなんでもまとわりつくものは嫌いそうな印象をいつもの軽装から抱いていたのに意外な共通項もあったのだ。
小さな佳主馬が布団のなかでまるくなっているという想像をしてひどくかわいらしく思えて気がついたら引き抜いたはずの腕をもういちど枕と首の隙間に潜り込ませて腕の中に褐色の肌を抱き込んでいた。
やはり近すぎたのかどちらかというと健二の方がべたりと佳主馬にくっついたような形になる。

「な」

「やっぱり佳主馬くんちょっと冷えてるよ」

最近朝晩が少し冷え込むようになってきたのだ。
昼間は晴れて暑いから涼しいと感じる程度だけれど冷たい空気に長く触れていれば気づかず身体が冷えてしまっていることもある。
健二は自分でも熱さを感じる掌で細い、掴めてしまうほどの二の腕をなでる。
急な温度変化のせいか表面にぶわと鳥肌が立ったのを感じた。
ひいと細く声を上げた佳主馬は鳥肌と一緒に身を震わせ思わず健二のパジャマの裾を握ってから離れたくても狭くてどうにもならないという意思表示なのか先ほどよりもきつい視線で睨み上げ、はなしてと小さく言った。
白目が充血している、眠気が強くなっているらしい。

「なんで、あったかくないかな」

「いや、そういうのじゃなくて」

うろうろと視線をさまよわせてそんな風にされなくても寝られるよという言葉には若干の羞恥が込められているようだ。
確かに佳主馬の年齢になればもう誰かとくっついて寝るということはないだろうし、高校生の、しかも男にそんなことをされても戸惑うばかりなのだろう。

「いいじゃない、たまには。熱くなったら本当に廊下に転がしていいからさ」

健二の方は腕の中に収まったちいさく、男性としてはまだ未発達なのか尖っているようなやわらかいような身体の抱き心地にすっかり気持ちよくなってしまってそのまま眠りにつけそうだった。
だんだんとあたたまる佳主馬の鼓動ははやい、もしかして緊張しているのかと見ると顔を下に向けてしまって健二からは真っ黒な髪と旋毛しか見えない。
烏の濡れ羽色というのか、つややかなそれは月光もやわらかに吸い取って光る。
髪を撫でようと思って伸ばした手をふと止めて脇腹あたりに潜らせてからこちょこちょと動かす。
緊張をとるには一番典型的で効果的な方法に、驚いて身をひきつらせた佳主馬はくすぐったかったのかひゃっと声をあげて慌てて口元を押さえた。
弱いのかびくびくと身をよじらせたり跳ねさせる佳主馬は声を上げるのを必死に我慢しているようだ。
当然、こんな静まり返った家の中で大声で笑ったりなんかしたら響いてしまって下手するとみんなを起こしかねない。
身体をひねった佳主馬は手だけではだめになってしまったのかぎゅうと枕に顔を押し付けて健二の脛の辺りをばたばたと蹴る。
しまったやりすぎたと思って手を止めたときには涙眼の凶暴な兎が戦闘態勢で睨みつけていた。
こうするとやっぱりキング・カズマに似ている、というかキング・カズマが佳主馬に似ているのだろうけれど。
過去使っていたクマ(あれはネズミだと佐久間に断言されたことがあるが)はともかくあのリスが自分に似ているとは思えない健二にとってはそんなふうに自分も見えたりすることがあったらどうしようと一瞬嫌な考えがよぎって複雑になるくらいにはそう見える。
兎は唸り声を上げないだろうから主人の方が危ないかもしれないということは置いておいて。
蹴られた脛もやはり効果的な攻撃だったのかじんじんと疼く。

「ご、ごめん」

「なにするの」

謝る健二に応える佳主馬の声は低く息切れしている。

「いや、なんか固まってたから」

「健二さんこそ何で僕を抱き枕代わりにして落ち着いてるのきもい」

一息で言いきった佳主馬はそういえばそうかもしれないとさらに緩んだ顔で謝る健二を眉根を寄せて見る。
声を出さず笑ったせいで苦しくなってしまったのかけほけほと数回むせて、目じりにたまった涙を拭う。

「寝ようとしてるのに」

「そう、そうだよね僕も眠いかな」

「じゃあそっち向いて」

「え」

「何されるかわかんないし」

促されるまま反対を向くと積み重ねられた箱や古く埃かぶった本が並んでいるのがわかる。
取り出したことも背表紙をきちんと読んだことすらないが薄暗いせいでただでさえ黒ずんで判別し難いその文字を読むことはできない。
辛うじて「教育」という文字を読むことができたところで脇腹の辺りがぞわりとしたかと思うと掴まれて動かされる。

「うわっ」

驚いて振り向くと佳主馬が不思議そうな表情で見返していた。
どうやら大してきかなかったことが不満らしく、ちょっと首をかしげる。

「なにすんの佳主馬くん!」

「仕返し」

さも当然と言わんばかりの口調だ。
そういえば戦って勝つのが好きだと言っていた。
つまりは負けず嫌いということだろう、やられっぱなしは性に合わないらしい。

「平気なんだ」

健二さん弱そうなのにという一言は聞き流した健二は向き直りもう一度先と同じように佳主馬の脇腹をくすぐった。

「ひゃっ、ひゃはっ、っ、やめっ」

一度は漏らした声を腕を口に当てて抑え込んで我慢する。
健二が手を止めると少し噛んでいたらしい、離した佳主馬の腕には弱い歯型と少しの唾液が光っていた。

「ていうか、佳主馬くん弱い?」

「ちがっ」

佳主馬の肌は褐色で、しかも暗がりだからはっきりとはわからないが真っ赤になっているのではないかと健二には思えた。
悔しそうに睨んでいたさっきとは違う羞恥で眉を寄せてギュッと敷き布団のシーツを掴む。
すっかり蹴られてしまった布団は足が向いている扉の方にあって、脇腹をくすぐられた佳主馬の服はずれて肌が露出している。
きっちりとパジャマを着ている健二とは違ってやはり寒そうではあるが、走った後のように息が上がって呼吸は短い。

「キングにも弱点が」

「くすぐってくる敵なんていないでしょ」

「それもそうだね」

言いながら健二はどうしてか佳主馬から目が離せないでいた。
上下する肩もシーツを掴む腕も未発達で細い。
ちょうど肘の上を格子から落ちた月の光がたどっている。
少し前にそこを撫でたとき鳥肌を立てたのは熱いせいだけではなかったのではないだろうかと思えてひどく手を伸ばしたくなってしまう。

「ひとの気も知らないで」

「え」

呟きは小さかったから健二にはほとんど聞こえなかった。
ただ悔しげに目を半ば伏せた佳主馬の睫毛にも淡い光がかかっていることを近い位置から知って今度は眉や目や鼻口元を無意識に視線でなぞっていく。

「あんまり触られると困る」

「敏感だから?」

「違う!」

できるだけ小さな無声音で話していたのに動揺したのか佳主馬の声が大きくなる。
気がついてあっと口元を押さえて右、左と視線を走らせる様は警戒心の強い野生の動物のようで、虫の鳴き声と風邪がちいさく戸や窓を揺らす音だけがする家の中に安心して彼が息をつくまで思わず健二も呼吸を止めてしまっていた。

「触られるの嫌だったかな。ごめんね」

「うんまあ嫌というか、くすぐられたのはびっくり、した」

二人で一緒に長い息を吐いてもう一度布団を被り直す。
話しても声が響かないように健二が鼻の下まで布団を持ち上げると佳主馬は更に目しかほとんど見えない位置にまで潜り込む。
これ以上潜ってしまうと足が引き戸に触れる健二より少し余裕があるのだろう。
やはり暗闇から野生動物が覗いているかのように見える。

「じゃあ、くっついて寝るのは?」

「それは、あの。何、お兄さん人とくっついて寝るのがすきなの」

「ううん。そんなことしたことないから」

健二は一人っ子だし家にいるときもほとんど一人でいる。
もちろん幼い頃は母親に抱かれて眠ったこともあるのかもしれないが物心ついたときにはもう一人部屋で寝起きしていたしどうしてか夜中に起きだして母や父のベッドに入り込むなんてことはしなかった。
どうしてだかひどく気が引けたのだ。
この家に集まる親族たちは遠くても近くても血がつながっていてもいなくても遠慮なんて誰に対してもしているのを感じたことがないけれど、健二は自分の家でさえも数学の世界に没頭するまでどこか居場所がないような居心地の悪さを感じていたように思う。
修学旅行でだって枕投げにはちょっとだけ参加したけれど夜中に布団でひそひそ話すくらい仲の良い友達はいなかった。
佐久間とはさすがに気の置けない仲ではあるが高校生になってまでそうやって布団の中でじゃれついたりなんかしないだろう。

「僕も、ないかな」

「そう、じゃあやっぱり」

「やだ」

間髪入れずに健二の申し入れを断った佳主馬は反対側を向こうとして、しばらく考えてからやめたらしい、体勢を戻して今度はさっさと目を瞑る。
後ろを向いている間にまた何かされてはたまらないと思ったのだろう、その姿に健二はくすり思わず頬を緩めた。

「わらうな」

「だって、なんか、佳主馬くん」

いつもは健二よりもずっと落ち着いていて口ではかなわないと感じているのに今日は佳主馬の方が動揺したり声を荒げたりして逆転したかのようだ。
続けてくすくすと笑って拒否されているのも構わずぎゅうと引きよせてさらさらとした感触の頭の辺りに頬を擦りつける。
寝ぼけていたのか気が大きくなっていたのかその両方なのか健二は違和感に気付いて動きを止めるまで佳主馬が小さく上げた声も耳に入っていなかった。

「佳主馬くん?」

「だから僕やめてって、ふ、う、はなれて」

健二が違和感の正体に気がついたことが分かったのか佳主馬がぐ、と胸を押して離れようとする。
しかし目を見開いたままで止まった健二の腕の拘束は解かれないどころか痩せて肩甲骨の突き出た背中でしっかりと交差されたままだ。

「からかうの、やめてよ。いやだ。あ」

あまり暴れるとさらに事態を悪くすると思ったのかそれでもいやいやと涙まで溜めて首を振る。
突っ張っている手の力はひどく弱弱しく、今度こそ顔どころか耳も首も真っ赤になっていることが知れた。
時が止まったかのように微動だにしなかった健二が突然膝を曲げる。
曲げられた右膝が佳主馬の両足の間に侵入してひいっと今までで一番切羽詰まったような、呼吸が止まったのではと思うほどの声が上がった。

「たってる?」

くすぐったから、とは言わなかった。
まだ息を吐くのを忘れた佳主馬は先よりずっと強く、長い前髪がぱさぱさと音を立てるまで首を振っている。
押しつぶすように瞑った目の端からはもう水の玉が落ちてしまいそうだ。
疑問の形を取ったけれど健二の大腿が触れている佳主馬の一部がささやかな主張をしていることは明らかだった。
まだ完全に成長しきってはいないのだろう。
それこそわかってしまったのは健二が調子に乗ってくっつきすぎたせいで、そのまま寝ていればおそらく気がつかなかった。
呼吸をせき止めている唇をなぞって開かせる。
そのまま歯と歯の間に指を挟むと長く吐かれる熱くなった息と吸い込まれる納戸の生ぬるい空気とを感じて、次に襲ってきたのは痛みだった。
人差し指が八重歯に喰われている。
目が覚めるには十分な刺激だったけれどそれでも謝って佳主馬の足を割った膝を戻す気にはなれない。
頭の一部の温度がぐんぐん上昇している、と同時に自分はふざけているのでもなく気がおかしくなっているのでもなく正気そのものではないのかと健二は脳の隅で考えはじめていた。
そこで初めて汗をかいた背中が一気に粟立つ。

「あ、」

指を噛んでいるせいでまともな音にもならない声を佳主馬が上げる。
背を震わせた健二の身体に力が入って同時に押し上げられたのだ。
押しのけられるために胸に置かれていた手がぎゅうとパジャマの生地を掴む、挟まれた指にも圧力がかかって血は出ていないだろうけど痺れてはいるだろうなと正気な健二の一部は考える。
見上げる黒目がどうしてと訴えていた。
同じことを健二の口が問いかける。

「佳主馬くん、なんで」

見開かれた目が次の瞬間には絞るように細められる。
指を抜いてやると今度は前歯が下唇を噛んだ。
下手をすれば切れてしまいそうな力で、その合間に耐えらないと吐かれる息はやはり熱いのだろう。
はあ、はあと断続的な呼吸をもっと乱したくなってしまって健二はくすぐられた後の佳主馬を見た自分の視線と、温度を上げる頭の一部が同じものに突き動かされていたことを知る。
あまりに強烈に感じすぎてわからなかったものの正体はおそらく。

「わかんない、くせに」

音よりも息の方が多いのではないだろうか。
苦しげに吐き出されたそれをしばらく見つめるようにしてそれからやはり腕の中から抜け出ようともがく。
咄嗟だった、逃げないように捕まえ直してしまった健二のせいでさらに圧迫されることになった佳主馬の身体がびくびくと魚のように跳ねてつま先がぴんと伸ばされる。

「っ、あっ、な、でぇ」

高い声。
声変わりすらしていないのだ。
こんな身体の変化をするようになったのも最近のことなのかもしれない。
健二の喉はひどい渇きを訴えていた。
喉だけではないと理解し始めていたけれどごまかすように唇を舐めて唾を飲む。
ひっかかるように飲み込まれていったそれにそういえばさっきそうしたときも同じだったと思い出す。
強く噛みすぎて血すら滲み始めている佳主馬の唇を見つけたのはそのときで、ほとんど反射のように、それこそ、自分の方が野生動物のようだと馬鹿みたいな感想を持って吸いついた。












200901005