こどもたちの愛する距離と温度




久々だっていうのに、きっかけが掴めないまま僕らの距離はなんとなく縮まらない。





久しぶりに僕が日本にやってきて、割と長い間いるっていうのに僕たちの、というよりヨンサの部屋には僕が熱中しているゲームのぴろぴろという音しか流れていない。
ベッドを背もたれ代わりにして床に座る僕の後ろで、ヨンサはそのベッドに座って本を読んでいる。
久しぶりなのになあ、と思う僕は、先にゲームを始めたのは自分だったということも、すでにクリアしたそれに退屈してヨンサが本を読み始めたことも自覚していた。
それでもメールとか電話では気兼ねなかった距離が、会った瞬間曖昧に開くのはちょっと寂しかった。
きっと電話やメールではきちんと引かれている境界線がここにはないから、放り出された僕らは最初いつも距離を測ることから始めなきゃならない。

「ねえ、ヨンサ」
「んー」

遊ぼうよお。
僕が言うとそれもうクリアしたからつまんないし、てか結人か一馬が持ってきたやつだから趣味じゃないしみたいな意味の言葉が返ってきた。
そういうことじゃ、ないんだけどなあ。

「そいえば、結人も一馬も、遊びに来ないの?」
「さあ。潤慶来てるよとは言ってあるから、次練習が休みのときにでも来ると思うけど」

夏休みだし。
言った後ヨンサの意識はまた本に戻ったみたいだった。
話しかけてもんーとかあーとかしか返ってこない。
まったく冷たいんだから。
そう心の中で呟いて僕はゲームの電源を切った。セーブはしなかった。

振り向くと唐突に途切れた音にちょうどヨンサが顔を上げたところだった。
相変わらずこういうところには敏感というか。

「もうやめるの」
「うん。つまんなかったし」

本当は面白いとか面白くないとか言えるところまで進んでなんかいなかったのだけど。

一旦削がれたやる気を回復するのは今日じゃなくて良い。
ベッドに上った僕に、ヨンサは狭い、というように体をずらした。
その分僕はヨンサに近づく。

「何。潤慶」

やっと顔を上げて本を置くヨンサ。
あ、やっぱり。

「なんか、顔見るの久しぶりだ」

笑った僕に、来たの昨日の夜でしょ。
何を今更とヨンサが呆れて言った。

「うん、それはそうなんだけどさ、ちゃんと真正面で見るっていうかさ」

そんなことしなくていい。と言ったヨンサはちょっと照れているみたいだった。

下を向いた彼の頬に僕は右手を当てた。
相変わらず白くてつるつるだね。サッカーやってるの。
そう訊いたら前、本気で殴られたんだよねー懐かしいな。

「三度目はないと思うよ、潤慶」

ヒロちゃんも安室奈美恵も一切送らないから。
笑うヨンサの顔は綺麗だったけど、ちょっと怖かった。
これのせいでたまに一馬が英士怖いとか結人が英士黒いとか言ってくるのかもしれないなとこっそり思う。

「や、やだなあヨンサ。冗談じゃないけど本気で思ってはいないって」
「ああ、要らないんだね。友達も楽しみにしてただろうにかわいそうだね」

ちょっと待ってなんで話が送らない方向に行ってるの!

「ごめん!お願い。他は良いからSPEEDだけは、ね」
「日ごろの行いかな」

必死で謝る僕を見て意地悪に笑うヨンサは、さっきのんーとかあーとか言って本に夢中になっていた真剣な顔よりずっと僕好みの顔だった。

「ね、ヨンサ。今日一緒に寝ようか」

必死に謝る姿勢からぱっと顔を上げた僕に怪訝な顔をして、その言葉に驚いて目を見開いて最後は眉根が寄った。

「なんで。狭いし。客間、あるだろ。ここで寝るなら床に布団敷いて」
「やだ」

やだってなんだそれ。子供かとヨンサは頭を抱えた。

「いいじゃない。僕が日本にいたときはやってたし。久しぶりに」
「潤慶みたいにでかいのが来たら狭いし暑い」
「えー僕そんなにでかくないよ」

非難の声を上げると成長期の男なんて小柄でも肩幅出てきてるからシングルベッドに二人納まるにはでかいの!
ともっともな意見で反論された。
こんなとこばっかり弁が立つんだから。
そう言うと常識的な意見でしょと返されてしまった。

「わかった」
そう言うと少しあきれたような、安心したような溜息。
「試してみよ」

言うが早いが僕はヨンサをベッドに引っ張って倒して自分も倒れこんだ。

「ね。大丈夫じゃない」

少し窮屈だけれど何とか僕たちはベッドに納まった。

「あつい」
「あ、そっかクーラーつけてなかったね。ヨンサ窓閉めて窓」

面倒くさそうにそれでもからからかしゃんと窓の閉まる音。
僕は腕を伸ばして机に乗っていたリモコンを取って、クーラーのスイッチを入れた。

「これで大丈夫」
「せまい」
「もっとこっちくれば。なんなら抱きあっても」「やだ」

そっぽをむいた頭を見ながら了承も得ずにヨンサの体を引き寄せた。

「ひ。やめてよ潤慶気色悪い」
「ひどいなあ。前は怖い夢見たら“ゆんぎょんこわい”とかいって抱きついてきたのにー」

わすれたの。
言った直後に鳩尾に完璧な肘鉄が入った。
痛いというか息苦しいんですけど。

「いつの話かな」
「ヨンサかまだ可愛かった頃のはふぐっ」

肘鉄の割りにヨンサの声は笑っていた。
僕も耐えられなくて肩を揺らした。






「それにしても潤慶、まだ寝るには早いとおもわない」
「だいじょぶだいじょぶ。退屈させないから」
「あ、そ。期待しておくよ」

僕らは久々に会うとうまく距離が測れない。
もしかしたら極端に近いこの距離が未だに一番心地良いと知っているからなのかもしれなかった。



20070731