香り煙草と恋の土曜日 やまひば編
「なんで」
チャイムを押しても住人は出ない。
寝ているのかと携帯に連絡しても『ただいま電話に出ることができません』イチ、ニ、三回掛けても同じだから諦めることにした。
屋根があるだけで屋内ではないから、マンションの廊下に吹き抜ける風は冷たい。
このまま立ちつくしているのも惨めな気がしてならないけれど、来ると言ってその宣言通りわざわざ来たのだからこのまま帰ってしまうのも何だか癪に障る。
あれだけからかってしまえば六道骸といえども怒るのか。
雲雀は今更のように実感した。
それもそうかもしれない、自分が逆のことをされたら多分その場で息の根を止めている。
そういえば六道は穏やかではあったが山より雲より人工衛星よりプライドの高い人間だった。
お互いに干渉を嫌うから忘れていたのだ。
(僕が帰った後こっぴどく振られでもしたのかな)
まともな人間なら気持ちが悪いと思うのも当然だろう。
沢田綱吉にはあのとき初対面だったけれど又聞きした限りでは筋金入りのお人好しで事なかれ主義らしいから露骨に嫌がることはしなかったろうが、その後避けられるくらいはしているかもしれない。
それとも。
例えば、あるいは。
まかり間違って六道が告白して沢田がそれを了承したとか。
(上手くごまかしてなんとか現状維持というところかな)
雲雀は勝手に予想を立てると、ドアを背もたれ代わりにして座り込んだ。
煙草の一本でも吸って、灰を撒き散らしてやってから帰ろう。
いつも待たされも断られもしない自分がこのような仕打ちを受けたのだから当然の権利だ。
自己中心的で傍若無人なことは理解していたが、雲雀はそのような自分を肯定しているので問題はない。
ポケットから煙草とライターを取り出して火を付ける。
フルーツ系の香り煙草で口に残る感触が少し甘く、鼻に抜けるときは爽やかだった。
パッケージに惹かれて買ってしまったのは失敗だったかもしれないと、どちらかと言えば重く強いものを好む雲雀は早々に火を消す。
もちろんドアの真下に灰を落とすことも忘れなかった。
風が吹けば中に入ってしまうかもしれない。
(もうこれは吸わない。おとなしく葉巻を買ったら良かった)
とっかえひっかえする人間は女の出入りも激しいと、そんな例えを聞いたことがある。
こだわりがないのだから仕方がないと、いろんな味と香りがあるのだから吸えるうちに試しておかないと勿体無いとそう考えているのだけれど、一箱吸い切らないうちに変えてしまうから余ったものの処分に困るのも確かだった。
(チョコレートとかミルクティーしか貰わないってどういうこと)
寄りかかったドアの中身の持ち主に対する文句を連ねる。
辛みも苦みも苦手なんですと容姿からはあまり想像のつかない味覚を持った男は雲雀が興味本位で手を着けた煙草の処理係の一人だった。
雲雀の嗜好と合わないものが好んでいるからもう渡すことはないかもしれない。
雲雀恭弥から何かを貰うとなると警戒、というか恐怖を覚える人間の方が圧倒的に多いのでただ要らないものを分けるだけでも一苦労なのだ。
雲雀を慕う部下のような男たちがいるが奴らは妙に硬派すぎて煙草や酒には付き合わない、他でもない雲雀が躾たことではあったのだが。
(あれ、はだめだ。野球をしているから)
スポーツマンだからなと嫌味も含みもなにもない笑顔が脳裏に浮かんで、さっきの一本はそういえば味の割にニコチンの量が多かったことを思い出す。
雲雀はその笑顔の男のことがすきだったけれど、それを伝えるつもりも、現状以上に相手に近づくこともするつもりはなかった。
振り向かせるための努力は怠らないと豪語する六道からは怪訝な顔をされたけれど、相手に自分から近づくというような行為を雲雀は誰に対してもしたことはなかった。
その証拠に携帯電話の登録件数はゼロ。
用事があれば相手からかかってくるし、雲雀からかける場合は着信履歴からで、何度かそうしていると番号を覚えたので特に支障はなかった。
(090・・・)
頭の中で復唱される番号は自分の部下のものでも六道のものでもなくて、自分の馬鹿さ加減に甘ったるい煙草の不快感も相まって吐き気がした。
一度目にしただけのものを覚えていたのは中学生か高校のときくらいまでだったからかかって来たときまで気がつかなかったのだが、それが彼のものだと知ってしまったからだ。
あんな風に着信履歴をしばらく見つめる、なんて真似をしてしまったのは。
どうして番号をしってるの、六道からきいたんだよ、何の用、相変わらず雲雀つめてーのなあのなレポート手伝って欲し、そこで通話を切った。
冷たいのはどっちだと思ったのはどうしてなのか、そのときはわからなかったけれど今ならあのときの自分の心情を分析することができる。
(煙草が欲しい)
とびきり重いもの、もしくは強めの酒でもいい。
常に論理的に冷静に事象を分析する自身を頭の中から消去してしまうか、感情にまかせて酔ってしまうか、本当はどちらも好きなことではなかったけれども。
ジーンズの後ろに入れていた携帯電話が振動した。
しばらく座っていたせいで太股から膝下あたりまでが痺れていたが、先ほど連絡した六道だろう文句を言ってやろうと億劫ながらもそれを取り出す。
通話にしか使わないために目にした全員から信じられないほどの旧式だと目を円くされるほどのものだったが、目を円くする他人はここにはいない。
代わりに雲雀が驚きに目を見開くことになった。
「よっ」
「なんなの」
呼び出されたのは大学の最寄り駅だった。
学生街のせいか休日の今日はいつもより閑散としている印象がある。
照明の下で大きな荷物を担いだ男が歯を見せて笑っていた。
「いや、ヒバリほんとに来てくれたのなー。俺からかわれたのかと思った」
「僕は嘘はつかない」
つく必要性もないと感じていたし、つくほど他人を気にしてはいなかったからだ。
しかし、この男は自分が来るという確信もないのにこんな所で大荷物を抱えてまっていたのか、つくづく奇特なやつだと自然に眉根が寄る。
「飲みたかったのにさーツナも獄寺もつかまんねーのな。今日自主練だったから部活のやつらもいねーし」
「なんで僕?」
「いや、ヒバリ人数多いと来ねーからさ。俺だけだったら来てくれるかなって。前から一緒に飲みたかったんだよな」
確かに一人だと言われたから来たのだ。
さすがに昔より耐えられるようになったとはいえ、人間が二人以上居る場所に自ら向かうというのは生理的な嫌悪感が勝ってしまう。
「おごりでしょ」
「ひでーよヒバリ、年上だろ?」
「敬ってない人間には関係ないね」
しまった金足りるかなーと頭をかく姿はあまり困っているようには見えない、むしろ嬉しそうだ。
そんなに嬉しいならとびきり高いのをおごらせてやろうと頭の中で酒も料理もおいしくて学生のあまり寄りつかない店にあたりを付けて飲食店街の方へ足を向ける。
「あれ?」
声が間近に聞こえて思わず立ち止まる。
びくりと震えた自分に気付かれてはいないだろうか。
首元に顔を近付けて、何をしているのかと思えばくんかくんかと匂いを嗅いでいる。
「ヒバリなんか甘い匂いすんのなー」
「たばこ、だよ」
暖かい息が項をなでていく、動揺が悟られなければいい。
「煙草なのに?」
「これだよ」
わざと相手に裏面が見えるようにして、手に取った所で腹に肘で一発お見舞いした。
相当効いたらしくうずくまっているが、打たれ強いのかただ痛みに鈍いだけなのか打たれたところを押さえながら渡されたものをしげしげと見ている。
「おごってもらう分手加減したんだから早く立ちなよ」
「あい。それは、ありがとうございます・・・」
初めてと言っていいほど珍しい敬語は掠れて濁音混じりになっているが、それでもなんとか起きあがるのだからたいしたものだ。
「それはあげるよ」
「え、でも俺煙草吸わな」
「要らないなら僕の代わりに捨てておいてよ」
振り返って微笑む。
見上げた角度で笑うとつり目がセクシーね、なんて女の子には評判がいいのだけれど、男にも通用するのだろうか。
無反応か慄然とするかのどちらかだろうという予想はどちらも外れていた。
切れ長の黒目を円くして、口まで開けて見間違いでなければ相手は顔を赤くしていた。
「ヒバリが笑うとなんかエロいのな」
のたまった相手の、今度は顎を殴って先に歩きだした。
むくつなより脈ありのやまひば。雲雀さんはかなり優秀な頭脳の持ち主という設定。
20090121