香り煙草と恋の土曜日 むくつな編




骸はなぜか80年代アイドルの曲をフリ付きで踊っていた。
どうして知っているのか訊いたら雲雀が以前踊っていたんですと言う。
綱吉はまさかそんなと思いながら想像してしまって多少顔を蒼くした。

「本当に放っておいてよかったの」

外でもない雲雀のことだ。
本来なら骸は家にいるべきであってそこには雲雀が来る予定であって。
その約束を反故にして骸は綱吉とカラオケなんかに来ている。

「もう僕終電ないですし」

あっさりとフリもマイクも放り出して言ってのけ、緑色の炭酸飲料を口に含む。

「だからここにしたの」

「君、今頃気づいたんですか。付き合うという約束ですからね。帰ったらだめですよ。歌わないんですか?」

「もういいよ」

「もったいない」

そういう骸もどうやら歌う気ではない。
適当に検索して流行りの曲をかけてそのままである。
ちなみに綱吉の終電も残り五分ほどで行ってしまう時刻だ。
一晩中カラオケボックスにいても大した額にならないのは競争相手がひしめく繁華街だからだろう。
骸が大学の最寄りでも二人の家の近くでもない、この街を選んだのは、最初から物理的な移動手段を絶つ気持ちでいたかららしい。

「しかし、僕も君も歌わないとなるとつまらないですね。まだ時間ありますし」

「DSなら持ってきたけど」

「対戦できないじゃないですか」

「うん。まあね」

綱吉のアイスミルクティーはもう氷が溶けてしまって、水の分量の方が明らかに多い。
替えてこようと立ち上がったところでグラスを取られた。
相手の指も水滴に濡れている。

「僕が行きますよ」

「あ、じゃあウーロン茶」

「喉に悪いですよ」

眉をしかめられはしたがそれ以上は何も言われなかった。
最初はアルコール飲み放題のプランにしようなんて言っていたくせに喉のことを気にするなんて変だと、言ったら嫌がられそうな文句を考えたけれどその間に踵を返されてしまった。
ぶら下がる形のピアスが濃紺色の髪の下で揺れて、香水だろうか、どこか甘いような香りが広がった。
一人残された綱吉は何とはなしに足をぶらぶらさせてテーブルの上で視線をさまよわせる。
流行りの曲はいつの間にか終わってよく知らない歌手のコメントが流れている。
六道君ってストラップ付けない派なんだ、俺なんて貰いもの全部付けてるからぐちゃぐちゃなのに、そういえば一個本体がとれてひもだけになったやつ、まだ外してないや。
とか。
何かお菓子とかおつまみとかあれば寂しくないのかな、でも歌わないのに食べ物を頼むのって気が引ける。

「お待たせしました」

置かれたのは明らかにウーロン茶ではない。
だってティーカップで湯気を立てている。

「あの」

「カフェオレです。暖房効いてますけどこれ以上冷たいものばかりだと風邪を引きます。眠くならないし、いいでしょう?」

「ありがとう」

付き合いが深くなるにつれ分かったことであるが、骸は多少強引な所がある。
そしてそれが優しさなのかただの勝手な行動なのか分かりづらい。
多分態度だけ見ると冷たい人のそれだからかもしれない。

「煙草吸ってもいいですか」

「え、いいけど。吸ってたっけ」

サークルの部室でも飲み会でも吸っているのを見たことがないので綱吉が驚くと、苦笑したように息をつくとすこしだけ、と目を細めた。
取り出したのは薄い缶のケースで、煙草の絵と英語で何事か書いてある。

「香り煙草ですよ。これはチョコレート」

「ちょこ?」

「あ、実際にチョコの味がするわけではなくて、吸い口が少し甘いんです。僕煙草の苦みって苦手で」

吸ってみます?
と差し出されてついつい頷く。
煙草は服に臭いが付くので、家に帰っても自分で管理などしない綱吉は手を出さないでいた、というかそもそも似合わないと思っているので諦めていたのだが、珍しいものを試すくらいはいいかもしれない。
骸がポケットからライターを取り出して自分のものに火を付ける。
銀色は高い音を鳴らして鈍く光り、薄暗い室内の一部だけを明るくして、彼の長い睫に影をつくらせた。
綱吉も受け取った細長いそれを唇でくわえ、手を差し出す。
ライターはずっしりと重く、そして青年男子にしては比較的小さな手をしている綱吉には少し大きく、扱いやすいとは言えない。
そのため火を付けるのにもいちいち手間取ってしまう。

「手、小さいんですね」

細い紫煙を吐き出して骸が笑う。
刺激だけが鼻と目をついて甘いのかどうかもよくわからない。
なんだかうれしそうなのが癪に障って綱吉は眉間に皺を寄せたが、犬にするみたいに手で招かれると素直に骸の側へと寄った。
少しだけ短くなって橙に発光する場所に、今度は指で導かれてくわえた紙巻きを近付ける。
あれ、前にもこんなことがあったような。
罰ゲームで半分は酔ったような状態だったけれど、今はカラオケの前に行ったレストランで食前酒を一杯飲んだくらい。
長い睫毛、隅々まで整ったパーツがまるで計算されたかのように配置された顔がじんわり明るい、そして近い。
体がぽかぽかするような気がするのは効きすぎた暖房ととろとろ熱いカフェオレのせいだ。
微妙な振動と一緒に橙色が浸食する。

「吸わないとつきませんよ」

言われて慌てて吸い込むと、勢いが良すぎてむせてしまった。
火はついたようだけれど。
その様子を見て骸がくつくつと笑う。

「どうです、甘いですか?」

「わ、かんな」

涙を溜めてえづく綱吉はぴりぴり痛む喉を必死でやりすごし、口元に垂れてしまった唾液を拭う。

「きたない、ですよ」

「うるせ」

なぜか骸は目を円くしてそう言った。
せきこむ綱吉はそこまでなるとは思ってなかったのか、どうせ俺はどこまでも徹底的にダメツナだよと卑屈な反逆を心の中でした。

「最初はふかすだけにしてみましょうか。それからゆっくり肺に入れて」

「うん」

改めてそっと吸い込むと確かに以前興味本位で友達のものをもらったときより優しい煙のような気がした。 
鼻の奥にたどり着く香りはチョコとはいい難かったけれども甘いとは感じる。

「あ、」

「どうしました」

「さっき六道君からした匂いってこれかあ」

「な」

「や、なんか甘い匂いするなと思ってたんだけど、香水じゃなかったんだね。いつ吸ったの」

少なくとも綱吉が見ている限り吸っている様子も、一本吸えるほど長い間席を空けたこともなかった。
大丈夫そうかと思い口の中で溜まっていた煙を一度吐き出して、今度は意識して肺まで入るよう吸い込む。
先ほどの名残か喉はひりひり痛むしやっぱりむせてしまって、すぐ吐き出す結果となってしまったが随分慣れてきた。
骸はと言えば口をぱくぱくして灰を落としそうになっている。
危ないと指摘すると慌てて灰皿を引き寄せて軽くふるい落とす、細長かったものは小さくなってしまった。
眉をしかめて口に含む姿は絵になる。
おそらくサークルの仲間も彼のクラスメイトもこんな姿を知らないのだと考えると胃のあたりがきゅっと縮んだ。

「香水も付けてますけれどね。君を待っている間に少しだけ」

そういえば空いているカラオケボックスを探すために二手に分かれたのだったか。
要領の違いなのか、先に見つけたのは骸で、綱吉は忙しいせいか対応の悪い店員にすみませんやっぱいいですと謝って、それから異常に混んだエレベータを避けて階段で五回から地上まで降りたのだった。

「気になりますか」

怒ったような表情をして肩口に鼻を近付けている。
どうやら煙草くさいと指摘されたのだと勘違いしたらしい。
三度目か四度目でようやく上手に煙を肺へ入れることのできるようになった綱吉は、頭の中がぼんやりするようなすっきりするような言い難い感覚に囚われながら慌てて付け加える。

「ちがう。や、なんか、獄寺君とかと違うから煙草って感じしないなって」

友人である獄寺隼人は将来が心配になるほどのヘビースモーカーだが、骸のようではなくもっときつい煙草の香りを纏っていたように思う。
それが男らしい、と女の子に人気なのだ。
どこもかしこも禁煙の世の中だから嫌がられてもいいようなものなのに、美形は優遇されるのはきっと不変の事象で、紛れもない不平等を感じる。
取り繕ったつもりが骸はいっそう不機嫌そうに、そりゃあ暇さあれば馬鹿の一覚えのように吸っている人間と一緒にされては困りますとぞんざいに言う。
綱吉は自分の友人の中で骸が毛嫌いする人物が幾人かあることを失念していたのだ。
自分のせいではないと思うのだが、過去に何度か失敗した経験があるのでこんなときは譲るようにしている。

「ごめん。そういう意味じゃなくて。六道君が甘い匂いって何か意外っていうか。なんだっけ、ギャップというか。あと、いい匂いだし、俺はすきっていうか」

言っている間に自分がどういう結論に達しようとしているのか分からなくなってきた。
提出したレポートでも注意されたじゃないか。
「君は書いている間に結論を見失っているのじゃあないかい?」でも別に今は結論があったわけではなくて、ただ六道君の機嫌が悪いのは嫌だっただけで、だってこの人美人だからか怒ると普通の人の三割り増し、いや五割り増しくらい怖いしだから気まずいのは嫌だから。
口の中でしきりにあうあうやっていると不意に人差し指で唇をおさえられる。
黙れ、の合図。
反射的に口を引き結んで顔を上げると、骸は「困った」と顔に書いて視線を逸らしている。

「君は、ねえ」

照明が薄暗く、もう二人とも煙草も消してしまったため確信は持てないけれど顔を赤くして照れているようにも見える。
首を傾げて見上げると、今度は逆の手を顔の前に翳される。
見るな、の合図か。

「恥ずかしいんですよ。気にならないなら気にならないでそれだけ言えばいいものを。いちいちそんな風に。甘いとか、すきだとか」

「だ」

「まったく、僕の努力をどうしてくれるんだ」

「努力って」

「うるさい、この察しも要領も悪いダメツナ。沢ダメ」

「なん」

反論しようとする度に人差し指に力が入って最終的に掌で覆われてしまう。
苦しくはないが気分が悪くはある。
自分でも恥ずかしいと思いはしたけれど、罵倒される筋合いはない。
ダメツナはあだ名ではあるけれど沢ダメなんて初めて言われたし。
理不尽だよなんでそこまで言うんだよと言ってみたもののもがもがというくぐもった音しか相手の耳には入らなかっただろう。
しかし左右に頭を振ると手はあっさりと外された。
実際はそんなに強い力ではなかったのかもしれない。

「わからないんですか」

「え」

「沢田はひどいですよね。本当、どうして帰らなかったんですか」

「帰るなって」

「言いましたよ。でも、終電調べてたじゃないですか。約束したのに」

骸も言っていることがめちゃくちゃになっているような気がする。
責めているのは約束したのに綱吉が終電を調べていたことで、調べていたのに帰らなかったのはひどいとはどういうことなのか。

「六道君は俺に帰ってほしかったわけじゃ」

「ないですよ。もちろん。でも沢田は今約束を破って帰るよりひどいことを僕にしているんですよ」

「そして」

「沢田は僕にしているひどいことが何か、わからない」

口調は原稿を読み上げるように冷静で、冷徹だけれど、表情はそうではない。
苦しくて、その言葉を口にするのが苦しくてたまらない、まるで血を吐くかのような。
骸は以前にもこういう顔をしたことがあった。
あれはまさに綱吉と骸がこの日の約束を取り付けた日のこと。
恋をしていると、告白できない恋だと骸が打ち明けた日のことだった。
謝っても、引き下がっても、それが正しいとは思えない。
しかし、なにかしらの解を導くこともできない。
頭の中が真っ白で、けれど身体はまるで直感しているように喉まで何かが出かかっているような感覚がある。
綱吉はそれが恐怖に似ていることを思い出した。

「すみません。また困らせましたね」

一瞬で表情をいつもの人を食ったような笑みに戻した骸が今度は軽い調子で言う。
綱吉はもう少しだけ待ってくれたら何か言えそうな気がしたのに六道君こそひどいと泣きそうな気分を味わうことになった。

「ああ、冷えてしまった。替えてきます」

ほとんど口を付けないままだったけれど、湯気をなくしてしまったカップを持って、またピアスを揺らして骸は出て行く。
帰ってきたらきっと、あの甘い香りが強くなっている。
綱吉はそんなことを予感していた。























くっつきませんね。徹頭徹尾片想い骸、ちょっとときめいてるけど恋とは結びつかないつな。 やまひば編もあります。



20090117