オレンジジュースの撹拌作用
骸(12)×綱吉(20)ですよ。しょたですよ。そのに。
「骸は中学受験とかしないの」
オレンジジュースとは名ばかりの果汁はきっと20パーセント以下であとは一体なんなのか良く分からない液体をちゅーちゅーやっていると、
ミルクティーを無意味にかき回していた綱吉がふいに顔を上げて訊いた。
綱吉というのは沢田綱吉のことで、夏に仲良くなった八つ年上の大学生で成人しているくせにやたらと童顔だし身体も小さいし
(当然ながら僕よりは大きいのだが)小学生なんかに構っている目の前変わったオトナのことだ。
普段僕は彼のことをお兄さんとか綱吉お兄さんとか綱吉さんとかたまに冗談で変態とか呼び、心のなかでは綱吉と表現している。
これは最近覚えた言葉だと最重要機密事項、要するにひみつだ。
高校生くらいになれば許されるかもしれない、でも綱吉だって同じように
歳を取るから呼び捨てたりなんかしたら怒られるかも、馬鹿にしているからそう呼ぶわけじゃないと分かってくれたならきっと許してる気がする。
そんなことを思っている、これもひみつ。
テーブルの上には僕の方にガトーショコラと一口チョコひとつ(店員のお姉さんからサービス)、綱吉の方にミルクレープ、
どちらも手付かずが乗っていてそれが運ばれて来てから5分くらい経っているのだけれど今日も多分綱吉がお金を払ってくれるので
僕はどうぞと言われるか相手が食べ始めるまで待っている。
綱吉はこういうところにちょっと鈍感だから最終的には僕の方が待ちきれなくなって食べて良いのか許可を取ることになる、
それでも待つことは礼儀だと教えられて育ったから待っている。
「骸って俺なんかの前でもちゃんといい子だよね」一月くらい前の会話を回想して、褒め言葉ではなかったことを再確認する。
僕はどうも子供らしい可愛げに欠けるらしい。
どう考えても12年分しか生きていないから、子供らしいというのがどんなものかわからないのだけれど。
「受験はしません。黒曜に行きたいんです」
薄いジュースをストローでかき回す、かくはん、というらしい。
漢字は教科書に載っていなかったからテストでは出ないだろうな。
綱吉はちょっと驚いたような顔をしてミルクティーをやっと一口飲んだ。
やっぱりアイスがよかったかなとか考えているのかも、オトナになったらそういうことに頭を悩ますらしい。
「黒曜って不良多いんじゃなかったっけ。それに頭いいんだから受験すればいいのに」
「制服がかっこいいんです。あと僕ってケンカも結構強いですし、成績なんてどこに行っても同じです」
まとめて返事をするとうわあとかうへえとか嫌味すぎるとか言われた。
綱吉の反応はものすごく露骨で素直だからその表情の変化を見るのは正直楽しい。
「うんでも隣町か。よかった、骸が中学上がっても遊べるね」
嬉しいときは嬉しいのだと良く分かるから僕もちょっとうれしい、でも僕の場合顔にはあまり出さない。
「僕が女の子だったら犯罪ですね。綱吉お兄さん」
これは僕がよく言うからかいのうちの一つで、綱吉は律儀にも毎回反応を返してくれるのでつい言いたくなってしまう。
今日はミルクティーを喉につまらせて咳き込んでいる。
「俺はねえ、純粋に、友達として」
少し苦しそうにしながら言う綱吉は目に涙をためている。
こぼれるかな。
「私立ってこの辺ないし、遠いとこならもうこうやって学校帰りに会えないかなーとかそもそも受験になったら忙しいだろうから邪魔しちゃ悪いなーとか色々考えてたんだぞ」
僕の傍らには五時間分きっちり教科書とノートの入ったランドセル、綱吉の鞄は薄っぺらいけれど同じように学校帰りで、僕たちは火曜日か金曜日にこうやって会うことが多い。
その他の日は学校が遅くまであったりアルバイトがあるらしい、綱吉がプールの掃除以外の仕事をしている姿は見たことがない。
「居酒屋にはお酒を飲める年齢にならないと行けないんだよ、それに骸が待っているための場所もないんだ」そんなことは知っている。
今年ほど夏がずっと続けばいいと思ったことはなかった。
例え夏休みじゃなくても。
「それでなくても新しい友達できたら俺とは遊んでくれなくなるかも、とか」
「どうして綱吉さんがそれを心配するんですか」
心配するべきなのはどちらかといえば僕の方なのに。
綱吉はもうすぐ大学を卒業して就職するのだろうから中学生よりもきっとはるかに忙しくなるし、本当のことを言えばもっと早く疎遠になるかと思っていた。
歳の差には障害がつきものなの、と担任に恋をしているクラスメイトの声が耳に残っている。
生活時間とか価値観の違いとか人生経験の差がえとせとらえとせとら。
僕はクラスメイトといるより綱吉といる方が楽しいけれど、綱吉は僕に向かって時々困ったように笑うから、夏が終わる前にいつも愚痴を零している研究会とか課題とかのせいで会う回数も減って、そのうちメールも来なくなるかなと思っていた。
だけど『小学生と大学生がお茶してるのって変じゃないかな?』そう送信してきたのは綱吉の方で、ひらがなの多い文章も思い出したように付けられる絵文字も全部大切だったけれど初めて保護機能というものを使って、本当は全部取っておきたいのにそれはできないから。
「中学生になったら色々あるだろー。部活とか、授業も小学校よりあるし。骸は格好良いから彼女とかできたりして。おっさんと話してるより楽しいこといっぱいあるよなとか。」
瞳にはまだ涙の膜が張っていて、泣いているみたい。
こういうときの綱吉に感じるものを僕はまだ持て余していた。
かわいいが近いのかな、でも年上にかわいいは生意気だと思う。
考えることは好きだけれど、僕の小さな脳みそにはそれをきちんと表す言葉がない。
今はまだ。
「綱吉さんは変わった人です。だから綱吉さんといるより楽しい時間なんて中学になってからもきっとめったにないですよ」
今日二度目、ミルクティーを喉につまらせてさっきより長い間咳き込んで綱吉はやっとケーキに気が付いた。
うわあっとごめんケーキ食べていいよげほげほ。
はいどうもいただきます。
「骸の将来が楽しみだよ」
顔どころか耳まで赤くして、どういうことか良く分からなかったけれど先生に言われる「君の将来が楽しみだよ」とはちょっと違う気がした。
意味を訊いたらまた困ったように笑われるのかな。
ガトーショコラが口の中で溶ける。
甘くてとろとろでほんの少し苦い、全部甘いほうがずっといいのに。
「綱吉さんこそ他に楽しいことを見つけて僕のこと忘れないでくださいよ」
言うのはちょっと怖くて、笑うのが大変だった。
僕と綱吉には今のところ携帯のメールしかつながりがなく、家も大学もどこにあるのか知らないし、電話番号は登録してあるけれど電話代が高くなるから掛けたことはない。
「そんなわけないだろ。骸を忘れるなんて」
余計なこと心配しないの、手の甲で頭を小突かれてそのまま撫でられる。
骸の髪は何色なのかなあ藍色とか青色とかしか俺わかんないんだけどきっと名前があるよね、色ってなんかいっぱい名前付いてるんだってさ。
いつかの会話で綱吉はそんなことを言っていた。
そのとき僕は図書館に行って調べなければと思って、実際に学校の図書室に行ってみたのだけれど小学校の図書室にそんなものは置いていなくてお休みの日に市立図書館に行こうと決めている。
自分で見て確認するのではなくこうやって会うときに綱吉に本を見せて訊いてみようと。
綱吉が僕に何色を当てはめるのか、それだけが知りたい。
僕が綱吉の瞳を甘くてとろとろでちょっとべたべたする蜂蜜とか、ずっと昔の虫までとらえてはなさない琥珀のようだと思っているように、綱吉が僕にどんなものを見ているのか理解したかった。
周りの人が僕について何かいうときにはあんまり何も思わないし、ちょっとうんざりするくらいなのにこれはふしぎなことだった。
もう一度オレンジジュースをずしゃずしゃと回して口に含む。
果汁も薄くて水と混ざっているはずなのにやけにすっぱくて、甘いものと甘いものなのに合わないことを学んだ。
「骸は大きくなっちゃ駄目だからね」
まだ髪を撫でながら綱吉が言う。
僕は中学を卒業するまでには綱吉の身長を抜けるかなと考えていたからどうしてそんなことを言うのかと少し驚いた。
そうすると綱吉は苦笑してミルクレープを一口含み、ちょっとぬるくなっちゃってるやと呟く。
一度離れた手が戻ってくる。
「骸って外国の血が混じってるんだろう?もしかしたらにょきにょき伸びてこういうふうにできなくなるかもしれないと思って。それってちょっと寂しいなあ」
オトナにしては小さくても綱吉のなにもかもは僕よりひとまわりは大きい、てのひらとか肩幅とか腕も足も。
だから今は、見下ろされるのもそのまま撫でられたり軽くはたかれたりするのも僕の役目だった。
いやではない、気持ちがいいしあたたかかった。
僕は綱吉のことを綱吉お兄さんとか呼ぶけれど、本当はずっとこんなお兄さんに甘やかしてほしかったのかもしれない。
「そうしたら僕が綱吉お兄さんを撫でてあげる番ですね。楽しみにしててくださいね」
「だれが撫でられてやるもんか」
そう言いながら綱吉は笑っていた。
困ったように、ではなく嬉しくて仕方がないのを口の周りに力を入れて我慢するみたいな。
これって成長して僕が綱吉より大きくなってもずっとこうやって話ができるっていう約束なのかな。
指切りするよりも、大事に取ってあるメールよりもうれしいことのように思えた。
けれど僕の身長が綱吉にならんでそれから追い越すまでは、たまに頭を撫でられるのを楽しみにしておこう。
勢い良く吸い込んだらオレンジジュースはなくなって、グラスの底から大きな音がした。
しょたむくろ×せいじんつなよしもうそうそのに。子どもって思考を言葉にできないだけで連想ゲームみたいなことをいろいろやってると思うのです。
ということで副題「六道少年のあたまのなかをみてみよう」でした。ストーリーとしてはただジュース飲んでケーキ食ってるだけなんですけどね。
20081219