お菓子がつなぐ恋
「王様だーれだ!」
王様ゲームなんていう遊びが流行ったのは綱吉の記憶にある限り一昔前の話だ。
しかも今日はいわゆる合コンなんかではなくただのサークルの飲み会で、夜遅いという理由から少しずつ女子が帰ってしまったため男子の方が割合的に多いというおよそそのゲームをするには適当でない状態である。
酔った勢いのただの遊びのようなものだが、このようなゲームにおいて被害者になる確率が異様に高い綱吉にとっては、ゆるゆると回り始めた酔いが多少醒めてしまうくらいには気の進まないことであった。
「あ、俺だあ」
手を挙げたのは三年の先輩で、酒好きでこの会を主催したのもその人だった。
その顔色は普段と変わっていないが、今に至るまで相当飲んでいることは皆が知っている。
ちょっとふざけたような「――さんかよ超怖え」という声も聞こえた。
「んーあれ。これいちにいさん…11番までか。多いな。てか男のが多いしっ」
「しょうがねーだろ。さっさと決めろ」
「はいはい。あーそーだ」
王様は同期の先輩に促されるとなぜか鞄の中をあさり始め、しばらくして「あったー!」と右手を高く突き上げた。
「ポッキー?」
その手に握られていたのはもうすでに開けられてあるお馴染みの赤い箱で、一瞬何がなんだか分からなかった一同もすぐにその意味を理解した。
「いえす。ポッキーゲームだぜぇ」
先輩は箱の中からまだ未開封の袋を一つ取り出すと周囲を見回してにやにや笑う。
男女でも男子同士でもとても気まずいゲームである。
本当に合コンとかならまだしも、ここに集まっているのは浮かれきった春も過ぎてお互いを友人としてしか見ていない、もしくはカップルとして既にできあがってしまった者たちばかり。
ちなみに彼氏のいる女の子はみんな早めに帰ったのでそれだけは救いといえただろう。
(あー嫌な予感がする)
綱吉は昔から妙に勘が鋭く、悪い予感は特によく当たった。
それを試験などに反映できないことは本当に残念ではあったが、こういうふうに先に分かってしまうということの方がずっと気が滅入る。
綱吉の番号は5番。
自分が犠牲者になることを決め付けた上で誰なら軽い冗談で済ませられるかを考えていた。
同期の山本なんかであれば笑って上手く事をはこんでくれる気がする。
女子なんかはもってのほか、がちがちになってからかわれるのがオチだろう。
(京子ちゃんとかいれば。いやいや逆にダメだろ)
憧れの人である笹川京子は一次会で帰ってしまっていたが、彼女がここにいたとして綱吉とポッキーゲームをすることになる可能性は限りなくゼロに近いように思えた。
その組み合わせになって自分が緊張で倒れてしまわない保障はない。
大学生になってまでお前は何を言うんだとからかわれそうだが綱吉はそれくらい初心だった。
「んじゃあ5番とー」
(ああやっぱり)
予感が当たったことに落胆し、これ以上事態が悪くならないことを願って番号の書いてある割り箸を握り締めた。
「8番がポッキーゲーム!」
あからさまに安堵のため息も聞こえる。
そして全員が周りを見回すように視線を動かし、盛り上がるはずの飲み会に妙な緊張感が流れた。
「5番だれ?」
訊かれてしぶしぶ片手を挙げる。
なんとなくまだ誰がどうなったとかばらしてはいけない雰囲気なのか、一度綱吉に視線が集まった後は全員が黙り込んだ。
「8番は?」
こらえきれないのか王様役の先輩が口元を吊り上げながら訊く。
酔った勢いとはいえ質が悪いけれどどうせ翌日になれば大して覚えてはいないのだ、他の人たちもそうして忘れてくれるだろう。
綱吉は自分に言い聞かせるようにそんなことを考えていた。
「僕です」
隅の方から落ち着いた声が聞こえる。
(う、そお)
声を聞いた他の人たちもわりと驚いたような顔をしている。
そもそも彼のような人がこのゲームに参加しているとはなぜだか誰も思っていなかったのだ。
いつも飲み会に来たって喋るでもなくひたすら飲んでいる印象しかないし、そうかと思えばさっさと帰ってしまう。
冷たいかと言われれば物腰柔らかで全くそういうことはないし話しかけるときちんと返してくれるので、彼ではなく話しかける方が気後れしてしまう、という方が正しいのかもしれなかった。
「おーなんだ六道か!美人でよかったな、ツナ」
「まったく。悪ふざけがすぎるんじゃないですか。固まってますよ」
彼は特に気にした様子もなく呆れて言った。
立ち上がって先輩のところに移動する。
もしかして本当にする気だろうか。
綱吉は思考停止の状態でそれを眺めているしかなかった。
「お、やんのか」
「こういうのってさっさと終わらせないと余計に気まずくなるじゃないですか。悩むのも馬鹿らしいですし」
先輩から袋を受け取ると机を回って彼は綱吉の左斜め後ろに膝をついた。
飲み屋は座敷で、もうすでにぽつぽつと席が空いているためか綱吉以下だいたいの人間が呆けている間に側に来ることは苦でもなかったようだ。
「沢田」
ぴりりと銀の袋を破いて一本取り出すと、彼はチョコの付いていない方を咥えて綱吉に差し出した。
当然ながら顔がものすごく近い。
彼は先輩の言ったようにその辺の女の子よりもよっぽど美人という形容の似合う容姿をしていた。
すっと通った鼻筋に少し厚めの唇、青白いと言っても良いような肌はなめらかで、なにより切れ長の目に埋め込まれた左右色の違う色の瞳が印象的だと誰もが思うだろう。
少し青みがかった髪が顔に掛かった様子もなんだか色っぽいような気がする。
菓子を咥えているせいで白い歯とその奥にある濡れた舌が見えた。
(あれ、ちょっと)
相手は男だというのにどぎまぎして綱吉は少し顔に熱を上らせた。
幸い飲むとすぐに赤くなるし、飲み屋の照明は明るくないから気付かれる事はなかっただろうが目の前の人物は少し目を細めて笑ったような気がする。
(からかってんのかよ)
少しカチンと来た綱吉は意地になって差し出されたその端を咥えた。
顔がさらに近づいてからこの先どうすれば良いのか困惑して視線をさまよわせると「ゲームだから先に折ったほうが負けなんだぜ」という非情な言葉が耳に入る。
他の面子は面白がることに転じてしまったようだ。
携帯カメラのシャッター音まで聞こえてきてちょっとだけ哀しい。
ぱきん、ぱり、ぱり。
口を開けたかと思えば相手は躊躇うこともなく一気に距離をつめてくる。
首の後ろには手が回されてまるで本当にキスをするかのような体勢だ。
綱吉も口に咥えている分を齧ったがそれ以上進む勇気はない。
(わ、ちょっ)
迫ってくる顔が先ほどより深く笑った。
今度は確実に。
他の人たちには彼の髪に隠れておそらく見えないだろう、普段とは違って妖艶なそれに動揺した綱吉は思わず目を瞑る。
酒の匂いとわずかなコロンの香り、そして吐息を一編に感じた。
ばきん。
「僕の負けです」
近づいたときよりも素早く顔が離れた気配に綱吉は恐る恐る目を開けた。
チョコ菓子は僅かな部分だけを残して折られ、目の前の彼はもぐもぐと口を動かしてその周辺を舐める。
やっぱりやたらと色っぽい。
「なんだよー行くかと思ったのに」
「誰が酔ってるとはいえ男とキスしますか。沢田があんまり怯えているので早めに終わらせてあげただけです」
「ほんと、全然食わなかったなツナ。どっちかっつーと負けはお前だぞー」
「ろ、六道くんがあんまりさっさとやるから」
綱吉は言い訳めいた弁明をして氷しか残っていないグラスをあおった。
口の中の甘ったるい味が舐めるほどの飲み物で流せるはずもなかったが、それでもこくんと飲み込むふりをしてみる。
心臓の動悸がおさまらない。
これではまるで自分が彼を意識しているかのようだ。
「それは悪かったですね。何か飲みますか」
問われて「ウーロン茶」と言ったらなぜかカクテルを注文された。
恨めしげに見上げるとふ、と微笑まれて慌てて視線を逸らす羽目になってしまい混乱は大きくなる。
それからも綱吉の隣に居座った彼が珍しく話しかけたり笑いかけたりしてきたせいで、結局飲み会が終わるまでからかわれることになってしまった。
酔いに任せて肩を貸してもらったりやたらとくっついていたような気がしないでもないけれど、それはお酒のせいということにしておこう。
骸←ツナと見せかけて実は骸→ツナ。
骸は留学とかで二人は同期。んでこれ幸いと仕掛ける骸さんに綱吉も「あれー?」みたいな。
思ったより萌えたせいで小ネタのはずが長くなりました。
骸の「沢田」呼びが実は大好きです。
20081111