僕らの愛すべき日常に贈る










1 タンデム(沢田綱吉)





未だによくわからないこと。
服やら髪型やらアクセサリーやら格好だけにはやたらとこだわるくせに乗ってるのはおんぼろのスクーターなこととか。ヘルメットにもわけわかんないピンクのシールとか貼ってあるしさ。
彼女なんて選び放題の老若男女誰でも感嘆のため息を吐かせる顔とか八頭身のスタイルを持っているくせに、おんぼろスクーターの後ろに乗るのは未だに俺だけとか。暇なとき何してんのって訊いたら何って君を誘ってどこかに行くか家で読書するか妹の買い物に付き合っていますけれどってそれどんだけ勿体無いと思ってるんだよ。君だって家でゲームばかりやっているじゃないですか。その通り、返す言葉もございません。
今日も今日とて俺は骸のおんぼろスクーターの後ろ。
不安定ではないけれど進みの遅い黒なのか灰色なのか言いがたいぼろのこいつはなんだかんだで三年くらいは頑張っている。
一年持たないという賭けには俺が負けて、女の子が行くようなケーキ屋で巨大なチョコレートパフェを食べるのを手伝わされた。甘いものが大好きなのは知ってたけどまさかそんなのに憧れを持ってるなんて。今更だけどわけわかんねえ。おっと話が逸れた。

「なあどこ行くんだよー」

おんぼろだからエンジン音も駆動音もやたらとうるさい。
大型二輪でもないのに声を張り上げるのにも、どの程度叫べば聞こえるのかということも覚えた。

「海です」

ちょっとだけ気にするように顔を左向き、前を見なさい前を。
そういえば顔に当たる風がいつもより強い。海風ってやつか。

「何で海だよー」

叫ぶのもだるいから掴まる背にくっついて耳の下から話しかける。胴体だけでもこんなに差があるのだ。おまけに脚も長いんだから。困るっつーの。今更嫉妬も何もないけど単純にね、便利かそうじゃないかって話なんだけど。例えば今なんかは首が痛い。

「そんなところに口を付けて話すな。いいじゃないですか海。冬だから人もいません」

耳が少し赤くなった。もしかしてくすぐったかったのかもしれない。あれ、でもこんなに前からどこからかわかんないくらい風が吹いてんのにくすぐったいもない。
冬に海とか正気の沙汰じゃねー。
無気力な俺はそんな感じなので寒さを紛らわすため、くっついている背中にほとんど抱きついて骸を風除けにした。
こうするとヘルメットが邪魔なんだよな。

「君ねえ。わかってやっているんですか」

骸のため息のような呟きのようなそんな声はおんぼろの駆動音に紛れた。




2 ゲームと(六道骸)





放っておけばゲームばかりしている。
授業中や放課後、夕方までは続いていたメールがぷつりと途切れたと思えば翌朝『ゲームして気付いたら寝てた』だのひどいときには忘れてニ三日は返信を怠っている。
迎えに行けば大人しく後ろに乗るけれどむこうからは滅多に訪ねて来ない。もとより受動的でやる気も何もかもどこかに置いてきたような人間なのだ。
かと思えば僕を咎めたりやたらとそれはやめろだのやったら駄目だだのうるさくわめいたりする。そうするのはいつの間にか綱吉の役目のようになっていた。忠告には気分次第で従ったり従わなかったりする。反発することの方が多い。綱吉に言われるのは気に障るのだ。
今日も今日とて寝転んで口を開けて画面を見つめて動かない。コントローラをすべる指だけが意思を持っているかのようで正直気味がわるいのだ、瞬きだってしているのかどうかも怪しい。

「帰りますね」

「おー…ってええ?帰るの」

声は驚いているけれども視線は画面のまま、指もがちゃがちゃやっている気持ち悪い。

「ゲームやっているんだから邪魔でしょう」

できるだけ冷たく聞こえるように心掛けた。えええちょっとまってよおあとちょっとしたらセーブするからあ。口調は慌てたようにしているけれどやめる気配はない。そう言われて待っていた経験がないではないけれど少なく見積もってもあと三十分はこの状態で動かないことに確信がある。賭けてもいいかもしれない。
あと一時間もしたらどうせ日が暮れるのだからここらで帰るのが妥当だろう。
大した荷物もないので奈々さんから出してもらったジュースの入っていたコップや食べ終わった菓子類もお盆にまとめ、鞄と一緒に立ち上がる。

「ねえ、骸待ってよ。今日」

「宿題なら明日にでも教えてあげますよ。どうせ集中できないでしょうから。気にしないでください」

今度こそドアに手をかけるとやっとこちらを向いた。
いや、正確には画面と僕を交互に見比べている。ゲーム僕ゲーム僕ゲーム。せわしないことだ。

「そうじゃなくてさ」

「なんですかもじもじして」

比較的に童顔だといってもそろそろ成長もとまりつつある男だ。上目使いも煮え切らない態度も可愛らしいと感じる要素としては考えられない。

「なんでわかんないかなあ」

しまいには僕の方がわからずやみたいにして苛々と。それでも必死にゲームを進めようとしているのはセーブポイントにたどり着かないからだろう。詳しくなくても何回か続けて見ていればどういった内容かは嫌でも頭に入ってくるものだ。

「君ってあれですよね」

「なんだよ」

「不器用のくせに欲張ると失敗しますよ」

「失礼だな。俺は欲張りじゃないよ」

そうですね何もかも諦めたみたいにして全部僕のせいみたいに言うんだ本当になんとも腹の立つ。
腹が立つからゲームのコードを引っこ抜いて開いた口に舌をねじ込んでやった。




3 だきあう(沢田綱吉)





骸とこういうことをするようになったのはいつのことだったか。
だったかとか付けながら俺はしっかり覚えている。金曜でも土曜でも日曜でもなく、なんの特別な日でもなくいつも通り明日も学校なのにとそう思ったのはもしかしたら罪悪感とかいうやつだったのかもしれない。誰に対してとか何に対してとかははっきり分からない。世間的にとか骸は勉強する名目で泊まりに来ているのにとかそんなんだったのかと後で考えた。後悔とは違う感覚だった。
最初は入れるとかなんとか俺がわかんなかったからなのか骸がそこまでする気がなかったのかただ触りあってそれだけだった。告白も何もなかったのは恨みがましく思ってもかまわないだろう。俺も何も言ってないけど。ただ耳元で呼ばれた名前と吐息の感覚に背筋が震えて、そういうのは今でも慣れないからやめて欲しい熱っぽくなるって言ったら喜ばれた。なんだよ。

「考え事ですか」

「ちが」

切羽詰った骸の声は掠れて、おそらく艶という、そういうものが付加される。俺の声は決まって裏返ったようになる。口の中には唾液がたまっているのに喉はからからだった。

「よくないなら言っても良いんですよ」

最中に言われたらショックで萎えちゃうかもしれませんねえなんて笑って。触れる手は優しい。熱いか冷たいかはもう分からなくなっていた。
俺も骸に触る。この手は優しいのか、よくわからない。俺は俺の手に触られても大して気持ちよくはならないからだ。骸は顔を、首筋を赤くする。色素が薄いからわかりやすいのだ。

「言うかよ」

「それはそれは」

言わせたかったのだろう言葉を先回りして封印する。喉が渇くから喋りたくない。
目を瞑ると暗闇で点滅する緑やら赤やらの光と、たまっていたのかこめかみを滑る液体の感覚がした。生ぬるい、濡れたものですばやく拭われる。こういうところは目ざといのだから。頬まで舐めるのは止めてくれ。一層濡れてしまった場所は液体の蒸発と一緒に顔の一部だけを冷やす。

「ね。おきて」

起きているのは分かってるくせに。揺するな顔を近づけるな。
あくあくと口だけで言葉をかたどる。きっと下半身に血が集まっているせいだ声を出すのって意外と力が要るんだ。

「ひどい」

何と伝えたかったのか分かったのか骸が身体と身体をぴたりとくっつける。
肩口で吐かれる息にまたも背筋が震えた。
こういう瞬間には、しばらくこのままでいいかなと思うのだ。




4 海岸(六道骸)





「なんでまた海だよ」

綱吉はバイクに乗っていた時と同じようなことを言った。小さな背を更に猫背にして自身を抱きしめ僕を睨み、それが彼にできる寒さへの抵抗らしかった。
僕はその肩とか腰とか小さな頭とかを抱きしめてもいい気がしたけれど、同じく寒くて腕を上げるのには軽い覚悟のようなものを要したから喉に溜まっているものを吐き出してからにしようそうしようと勝手に決めた。つまり今は止めておこう、代わりに口を開く。

「ちょっと誰もいないところじゃないと」

「お前んちだって、一人だろ」

確かに僕の部屋では二人きりというやつになれるのだけれど、それでも集合住宅だから隣の住人は壁の向こうで生活しているのだ。
まあそんなことは単なる言い訳のようなもので何らかのきっかけがなければ僕らの生ぬるくも愛おしい日常に今から話そうとしている言葉は入る余地がないのだ。僕や綱吉が意図的にそういう言葉を廃しているわけではなく僕らの関係にそういうものが似合わないというただそれだけのことだった。綱吉だって多少なりとも恨みがましいとかもどかしいとかは思っているらしい。たまに眉を寄せる。
現状に変化を求めない性格は感情をやり過ごすのも上手い、しかしこういった状態なら改善のための提案を受け入れることもやぶさかではないというのに。しかたがない、経験則からすれば僕の役目であることは確かなのだから。

「あのですね」

歯切れの悪い僕に何を思ったのか綱吉はこわばった頬を気にしてからジャンパーの襟首に口元を隠した。そうするだけで人間の表情は少し判別し辛い。綱吉の場合は目で語り引きつる筋肉を隠すことができないから顔全体を隠すようにしなければ意味はないと思われるのだが。それでも。

「告白しようかと思いまして」

顔を逸らすように言ったのでもしかしたら強く顔を打つ風のせいで聞こえなかったかもしれない。鼻の頭が冷たい。波は強い風にしては荒くないような気がした。灰色だ。

「誰に」

「君に」

綱吉はくぐもった声。そうすると声の調子もわからなくなるのか。
視線を戻すと下を向いていた。砂浜なのか砂利道なのか判別しがたい地面をスニーカーが擦る。何らかのメッセージを記すとかそういう意図はない、往復するだけの。

「だから海?」

「思いつかなくて」

僕らの愛する日常は、古びたバイクのタンデム剥げかけたクッションのヘルメット進まない宿題用もないのに終わらないメール甘いものと一人暮らしの僕の部屋おやつのある綱吉の部屋ゲームと夕食軋むベッド乱暴でも優しくもないキスとそれから思いやりなのか未だ確信の持てないセックス。
入る隙を作るためにこじ開けてもよかったのだけれど。
僕は自覚していたより臆病らしかった。

「ふうん」

ため息なのか呟きなのか。
とりあえずそれを合図に僕は綱吉の腰に近い背中あたりに手を当てて引き寄せた。

「寒いでしょう。悪かったですね」

「早くしろよ」

肩口に擦り付けられる頬なのかそれともただの化学繊維でしかないものなのか。
とりあえず僕の背に回されているのは綱吉の腕で間違いがないようだ。
左耳に吹き込むように言うとそんなとこで喋るなと怒ったように返された。









20090206