水面反射角




骸(12)×綱吉(20)ですよ。しょたですよ。そのさん。

















水面に陽光が反射して網の目のような文様が覗き込む顔にもつくられる。
光が瞳に入ってくるのか少年は時折眩しげに目を細めた。

「焼けるよ」

彼は帽子も被らずタイルに寝そべり、右腕だけをプールに差し入れて一心にそれを見ている。
子ども特有の大人には理解できない論理展開と思考の飛躍によってそのようなことをしているのか、六道骸に限って言えば説明を求めて答えが支離滅裂である、ということはほとんど感じられなかった。
感情的な理由であっても「まあ、わかるな」くらいのことを思わせる。

「夏休みの思い出を絵にする宿題があって、」

水をまとったままの腕を出し入れすると水色の、白い、透明な飛沫がひたひた髪やら顔やら白いシャツを濡らす。

「プールの中でからだがどう見えるのか、そういえばちょっとわからないなって昨日思ったんです」

屈折やらわずかに立つ波やらで歪んで見える身体の様子を観察しているらしかった。
小学生の宿題程度でそこまで求められるかと言えば答えは否だろうけれど、骸はなんでもできるし完璧にやりたい(本人談)から気になって仕方がなかったのだろう。
ちなみに俺にはどうやって描けばいいのかわからない。

「ここのこと描くの」

「ええ。泳いでる人と、プール掃除のお兄さんを」

「自分も描けよ」

「僕が泳いでいるのを描いたら怒られてしまうじゃないですか」

自分が人の居ない間に着衣で泳いでいることを言っている。
それならば水着を持ってくればいいのに忘れてきたとか学校で使って濡れているから嫌だとか理由を付けて未だにまともに泳いでいるのを見たことがない。
フォームはきれいだし水を吸って重くなっているはずの衣服で結構な時間泳いでいたりするので水着で泳いだらさぞ上手いのだろうなと思うのだけれど、見ることのできる機会は果たしてあるのだろうか。

「夏休みの間に一回くらい泳げばいいのに」

「嫌ですよ。人がたくさんいるところでなんか」

「今の時間とかさ」

夏の朝は早い。
開ける前に一度掃除しなければならないから俺は水を入れ替えたり洗剤でタイルを洗ったりして働いている。
対する骸はちょうど開園時間から塾の夏期講習らしいからあくせくする年上を尻目に入れ替えたばかりの水で遊んでいた。
普通のプールならば人手が足りないとかで苦労するのだろうけれど、そんなに広くもないので、そして雇い主の管理人さんは厳しさのきの字もない優しいご婦人なので、俺にとっては朝が早い以外の辛さはない仕事だ。
気楽に遊ぶ子どもを多少恨めしく思わなくもないが、給料を貰っているわけでもなし真剣に水とにらめっこする姿はなかなかかわいいので気休めにはなる。
骸は口を窄めてうーんと考えるように首を傾けた。

「それはそれで、なんか僕がよっぽど泳ぎたいみたいですよね」

「泳ぐの好きじゃないの」

もともとの出会いだって骸が勝手に泳いでいたのがきっかけだったというのに、そして今も俺の目を盗んでは服をびちょびちょに濡らしているくせによく言う。

「特には。暑いときはきもちがいいですけど」

水色と肌色が交互になっているみたい、ここで見たままを描けたらいいけれど絵の具を広げるわけにもいかないしきっと濡れるからどうしよう、そんな意味のことを指先からじゃらじゃら雫を垂らしながら呟く。

「適当でいいじゃん。絵なんて」

夏休みの宿題では一番後回しにされがちなものだ。
後は読書感想文とか図画工作とかか。
算数のドリルも漢字のドリルも8月31日までいや9月の半ばまで終わらなかった経験が多くある俺にとってはいつも締め切りを過ぎてしまってとうとうやることができなかったものも多い。

「もう他の宿題は終わったので暇なんです」

「優等生が」

「そうですね」

あっさりと肯定してしまうのが今どきの子どもなのか。
そもそも骸はそういう自分の評価に対してあまり興味がないようだった。
「学校の成績よりも大切で難しいことはあります」なんて俺みたいな落ちこぼれが言ったらただの言い訳に聞こえる言葉も説得力を持って言ってのけるのだから。
その言葉通り骸は何か興味を引かれることがあるとじっと観察し、考え込んで動かない。
この間は草むらでしゃがみこんでいるから何をしているのかと思えば夜に蛍を見たから昼間は光っていないのか見たい、だなんて。
昼間は意味がないから光らないよ、でも蛍ってすぐ死ぬじゃないですか、昼も相手を探さないと勿体無いですよね。
そのときは何と答えたのだったか。
夜行性なんじゃない、とか図鑑見たほうが早いよ、とか。
綱吉さんはいつも適当ですと返されたことは覚えているのだけれど。
今思い返せば確かに適当な答えだ。
一緒に探すぐらいすればいいのに。
蛍って昼間何してるのかな、虫は眠ったりするのだったっけ。

「さぼってていいんですか。もうそろそろ時間だと思いますけど」

「あ」

タイル掃除はあらかた終わったけれどロッカールームや管理人室もある程度整えておかなければならない。
もうしばらくすれば監視員バイトが二人来るからそのための椅子も出さなければ。

「骸も、また服濡れたんじゃない」

「この天気ですから歩いてれば乾きますよ」

起き上がった骸の膝小僧にはタイルの形に赤い筋が入っていた。
プールの縁についていた左手も赤い。
右腕を多少乱暴に振るうと小さな水溜りができた。

「あ」

「うん?」

「暑いから、熱射病気をつけろよ」

近くに置いてあった骸の帽子を拾い上げると力を入れて被らせる。

「髪型が」

「少し崩れた方がましじゃないの」

「これはこだわりなんです」

わあわあと大袈裟に嫌がってみせるとむくれて少し浅く、前傾に被りなおした。
色違いの目の青い方だけが影にならず陽の光を一瞬反射する。


「水、飲んでいったら」

「心配性ですね、わかりましたよ」

そういう綱吉さんも倒れたりしないでくださいね。
仕返しなのかまだ水滴のつく腕を俺の方に振るって、大したことはないにしても水をかけ、踵を返して駆け出してしまった。

「ありがとね」

頬や首筋に散った粒は一陣の風のあとすぐに乾いて、それがちょっと涼しかった。










短いですが。時間軸的にはプリズムの後でジュースの前。



20090114