少年の君にさよならのキスを










カヲルくんは大人にならないような気がしていた。
それは全く僕の幻想であり妄想で彼は高校を卒業し、今は大学生、15歳の美貌とすらりとした少年の身体を持っていた彼は青年になろうとしている。
あの状態で完結して完成されていたはずの彼の肉体に続きがあったなんて不思議なことだ。
けれど奇跡のような美しさは損なわれることなく、彼は紛う事なきあの「渚カヲル」が成長した姿をしている。
そのままであるかというと大人に向かう誰もがそうであるようになくなっていくものもあって、そのひとつ、少年のはかなさみたいなものは困ったときに下がる眉尻だとかシャツを脱いだとき見える人より浮き出た肩胛骨のあたりに残っているだけだからそれが少し寂しい。
僕の耳元でまるでどこかの戯曲やら小説やらから引用してきたような言葉をよどみなく囁き掛ける声は低くなって、頭と首の後ろあたりを一緒に包み込む手は以前から僕とは違う筋の張った男性のそれそのものだったけれど繊細で白かったものが大きくなって、それからこれが見た目、というか習慣としては一番大きな変化かもしれないけれど煙草を吸うようになった。
女性が好んで吸うメンソールであるときもあればフィルターなしの重いものであったり細いシガーであることもあったから銘柄にも重さにもほとんど拘りはないようだけれどとにかく食事が終わった後に一服だけ許してねと頼まれたり、朝一緒のベッドで目を覚ますときには彼が煙草を吸うためにベランダに出たことで入ってきた風で目覚めることもたまにある。
「いつからそんなものを?」とはききそびれていたのだけれど、少し苦くなる彼の匂いと唇は嫌いではなかったから問いつめたり止めてなんて言わない。
そして、その方がずっと人間らしくて安心すると思っているのは僕の方だ。
「大人になるんだね」そう言うと彼はいつものようにふわりと空気に蜂蜜を混ぜるような笑顔で「不思議だね」なんて返した。
やっぱり僕だけではなく彼にとっても奇妙な感覚であることらしい。

「どうしてだろう。多分ね、肉体の成長は僕の意思でコントロールできるものなんだ」

いつまでも若くあれるし簡単に歳を重ねることができるということなのだろう、見た目だけなら。
カヲルくんが使徒だっということは、かつて敵だった、いや考えようによっては今も人類の敵であるということはもうきっと僕くらいしか覚えていないんじゃないかというくらい昔に感じられることで、彼が僕が緊張せずにはれものに触るみたいにその話題にびくつくことは今はもうあまりない。
大人になってしまうと感じるのはこんなときだ。
そしてそれを悪くないと思う。

「だけどね、リリンと同じ肉体を選択した僕の身体は同じように成長していくことを望んでいるんだ。そして僕はそれに身を任せることに抵抗がない、どころか歓迎すべきとも思っている。S2機関が体内にある身でもこの成長と同じように、衰えて死ねるかな」

それはいつもすべてを見通している、知っているかのような笑顔を見せるカヲルくんには珍しく落ち着きのない無邪気な問いのようで。
随分わくわくしてるみたいに見える。

「シンジくんと一緒」

そうやって繋いだ手は少年時代のように夢のようなふわふわ柔らかい希望をつれてきてくれはしなかったけれど、ずっと握って思うくらいにはいつだって心地いい。
それは変わっていないな。
あと心臓がだんだん駆け足になっていく。
僕だってわくわくしているのは同じなのかもしれない。
大人になるのはもちろん彼だけではなく、まともに人間をやっている僕なら一層言えることなのに。

「頬がすこし、赤いね」

症状を診断する医者のような言葉遣いなのにその目は笑っていた。
彼はどうしてそうなっているのかわかっていてあえて言っているのであり、僕は言い当てられるのを先ほどよりは下心を含んだわくわくで見つめている。
けれどキスは期待したように、とは行かなかった。
唇ではなく瞼と頬に落とされる彼の唇は月並みな表現で言えば羽のように軽く、単純な頭はそのまま天使の口付けを連想する。
ああ、そうだ今日は夕食が終わったからといってどろどろだらだらとベッドで過ごすわけにはいかない。
夕食だって腕によりをかけて豪勢にしたからまだ結構お腹はいっぱいなのだけれど、それでも今日を終える前にさっき開けてとっておいた飲みかけのシャンパンでもう一度乾杯をしてこれも今回は僕が作ったフルーツをたっぷりのケーキにろうそくを立ててお祝いしなくては。

「準備してくる」

「やはり手伝わせてはくれない?」

「今日はカヲルくんはお客さん」

一人で大抵のことはできてしまうカヲルくんだから僕がしてあげることといったら得意な料理くらいだ。
それだって本当は必要がないのだけれど美味しい美味しいと言って食べてくれるから、というかこれは自惚れかもしれないけれどカヲルくんは僕の作った料理以外は人間が食べ物として取り込むものを進んで口にしようとはしないからいつだって張り切ってしまう。
そして今日はカヲルくんが生まれた日だ。
二人でお祝いしようと前々から決めていたから料理はなにがいいか、ケーキはどんなのがいいのか最近覚えたお酒はどれにしようか随分前から準備を始めて案の定9月13日にあの使徒の誕生日を祝うなんてあんたくらいよとアスカに軽く憎まれ口を叩かれた。 それだって彼女にしては優しく僕を送り出してくれた方だろう。
世界中が喪に服す日に僕らは二人きりで灯篭でも白いキャンドルにでもなく誕生日用のカラフルなろうそくに火をつけて祈りではなく願い事をする。

「お待たせ」

「きれいだね。食べるのが勿体無いくらい」

「言いすぎだよ」

二人用に小さく焼いたケーキはしつこくないようにクリームの甘さと量を控えて果物を多めに乗せているから切り分けるのは大変かもしれない。
それならそれでそのままフォークで食べてしまえばいい。
立てられるだけ、三つのろうそくを立ててカヲルくんが携帯しているライターを借りて火をつける。
蓋を開けるときのぴいんという音が耳に残って心地良い、きっといいものなのだろうけれど詳しくない僕にはただカヲルくんが煙草を吸う前の、ふちを跳ね上げて音をさせる動作がひどく好きだと思い出せるだけだ。
それで十分、それ以外僕が知る必要があることはこのライターについては何もない。

「誕生日おめでとう」

「ありがとう」

眉尻を下げて笑う彼はあの頃のままではなかったけれど、それは少し寂しいことではあったけれど、それでもどうしようもなくいとしい僕の恋した人だった。








大人設定だけど9歳の誕生日おめでとうカヲルくん!シンジくんとお幸せに!!ずっと大好きだ!!





20090913