午前零時
マナーモードにしていた携帯電話が着信を告げていると気づいたのは、メールにしては随分長いなと考えた後だった。
ほとんどの用事はメールで済むことだし、他人に時間を拘束されることをわずらわしいと考える性格のせいで電話と名の付くものが本来の機能を果たすことはあまりなかった。
それでも不自由したことはないので、たった今、電話なんて珍しいなと思うまで気づかなかったくらいだ。
そういうことをつらつら考えながら億劫そうに携帯を手にした渚カヲルは、着信相手の名前を見て慌てて通話ボタンを押した。
「はい。ごめんシンジ君。待たせたね」
「わ、か、カヲル君。ごめん、寝てた?」
自分から掛けておいて相手の、碇シンジの声は慌てていた。
確かに電話をするには少し遅い時間かもしれない。
相手のことに人一倍気を遣うシンジにしては随分珍しい。
他の人間ならとがめているところだが、殊シンジに関しては甘いカヲルは大丈夫気が付かなかっただけだからと言った後理由を問うた。
「何かあった?こんな時間に珍しいね」
「う、うん」
そう言ったきり、シンジは一度黙ってしまう。
電話の向こうから聞こえるのは通常より大きな、息を吸って、それから吐く音。
(深呼吸?)
電話を耳に当てながらそんなことをしているシンジを想像すると少し可笑しい。
カヲルはのどの奥でくつくつと笑った。
どうしたのと訊いてもシンジはやはり答えない。
「ちょっと、待ってね。早かったみたい」
「早かった?」
「うん。あと30秒くらいあるんだよね。あ、もう大丈夫かな」
何がなんだか分からない。
頭に浮かんだ沢山のクエスチョンマークを処理する間もなく、さっきより大きな声でシンジが言う。
心底楽しそうな、弾む声。
「カヲル君、下、えっとベランダ出てベランダ!」
今度はベランダに出ろという。
ちなみに今日は満月でも星が綺麗な夜でもなんでもない。
ベランダに出ると、空はむしろどんよりと曇っていた。
「カヲル君」
「え」
電波に乗った声と、そうでない声が足元から聞こえる。
「誕生日、おめでとう」
下を見ると、暗い中にシンジの笑顔が見えた。
時計はきっと、午前零時を指している。
カヲルはしばらく口を開けたまま、ありがとうすら言えずにいた。
それを見て満足そうに微笑んだシンジは、じゃあ帰るねときびすを返す。
先ほどの着信と同じに、慌ててカヲルは彼を引き止めた。
20070913