恋いつのる











佳主馬くんはときどき東京へ遊びに来るようになった。
滞在場所は大抵僕の家になるからはじめは夏希先輩の家にも行ったらなんてことを言っていたのに次第にそんな建前みたいな言葉は忘れてしまって二人の間に今はもうない。
付き合うようになったのは少し前のことで、なかなか手すら握ることができなかった、お互い片想いだと思い込んでいた間の方がもしかしたら平気で触れ合えていたかもしれない距離を詰めるのにときたま成功するようになったのは本当に最近のことだ。
今日は佳主馬くんの長袖の黒いパーカーが、手を洗うためなのかそれとも熱くなったのか七分くらいのところまで捲りあげられていて、それに目を奪われた僕が夏の名残のような肌に触れたらどちらとも顔を赤くして黙ってそっぽを向いてそれきり。
佳主馬くんは僕のパソコンを返してくれない。
効率が悪くなるからバイトは物理部の部室に居ない限りはしない、そして差し迫ってネットやソフトを使う用事もない。
はまっているパズルもない。
以前馬鹿のようにひたすら数学パズルばかり解いていた時期があったけれど作り方のパターンを見つけてしまってからはすっかり飽きてしまった。
何か面白いのないかなと思うわけでもなく今用事があるのは佳主馬くんの方にだ。
ぱちぱちとキーを叩く音は嫌いではない。
キング・カズマは今でも変わらずヒーローなのだ。
試合展開に目を奪われながらそれでも華麗なあの身が早く敵を沈めてはくれないかと佳主馬くんにではなくキングに願う。
早く早く、薄く髪のかかった首の後ろにはぺたりとそこだけ赤い線の入ったフードがあって、髪はちょっと短くなったかもしれないなとかあれを引っ張って僕の方に引き寄せてしまえたらとか勝手に想像ばかり走る。
ケーオー、チャンピオン、ウィンズ。
音声はオフにしてあるからばたばた騒がしく踊る文字だけがかわいらしく丸い頭の向こうに見えた。
もういいかな、まださっきの僕の迂闊さは覚えられているだろうか。
立て続けの試合ではないと一旦手を休めたチャンピオンの襟足に触って、髪切ったんだねと言う。
なるべく自然になんて思うとかえって緊張するから何も考えなしに、そうしたら言った後から指先が熱い掌には汗がじんわり滲む。
佳主馬くんが振り向いたのは右側で、表情はうかがえないけれど僕の顔も見えないと思ったら少しだけ安心した。

「一週間前に、あんまり会ってないんだから切るでしょ」

「そうだけど」

「変わってないし」

僕の方も少し前に切っていた。
そういえば佳主馬くんが遊びに来る日が決まればばさばさと伸びた前髪が珍しく計算の邪魔になるという可能性以外で気になったりするのだ。
同じだったらいいと思うのはこういうときだけれど佳主馬くんの耳も頬も赤くはない。
ただ答えたというだけの彼の、耳より下の髪を人差し指と中指だけで撫でた。
ぴくと、本物の兎みたいな動きで佳主馬くんは身を震わせる。
キングのことを連想してちょっとだけ笑う。
OZで待ち合わせをしようといってそれからちょっと遅れて後ろから声をかけたときも、彼のアバターはこんな動きをした。

「量が減ったみたい」

「暑いし」

まだ夏は先だったけれど僕と違って身体を動かすことの多い佳主馬くんにとってはそろそろ暑い季節らしかった。
だから袖も捲っているのかと触れてしまった肌の感覚、期間にしたら約一カ月と二週間ぶりのそれのことを思い出そうとしてみてだめだなと奥歯を噛む。
離れていたのは夏休みと春休みの間を考えれば短いけれど恋人同士にとっては会えない長い時間、なんて遠距離恋愛ぶってみる。 実際そうなのだけれど。
確かに今の季節もそろそろ暑いと言っていいかもしれない。
首筋に触れた指には反応したというより驚いたらしい、佳主馬くんの指はキーボードから離れてベッドに座りこんだ僕を両目が振り仰いだ。
やっと望んだかたちになったはいいけれど今はいいやと言えなかった僕は固まったまま何も言えずにその視線を受け止める。 指だけじゃなく頬も熱い。
わからなければいいと思ったのに佳主馬くんとは違って夏には馴染めない、おとなしさとさわがしさの差のつきやすい肌は彼にも同じように熱くなってるよと伝達したらしかった。
そんな情報今はいいって。

「健二さん?」

「あ、ご」

「べつに」

呆れられるかと思ったのに謝る言葉は遮られて、佳主馬くんは僕が熱くなってしまった指で触れた華奢な首を傾ける。
やっぱり改めて量が減ったと思う合わせれば薄い布のような髪がはらはら中指にかかってくすぐったい。
ぎしりとベッドのスプリングが音を立てた。
腕を突っ張って、片膝を乗せた佳主馬くんが視線だけで奥に詰めるよう促すからずるずると壁に背中が付くまで後ろにさがる。
ぴたりとついた壁の、そのなかにはきっと現代のマンションらしく鉄筋コンクリートが詰まっているだろうから、僕の身体に比べればひんやりと冷たくて流れよう流れようとしていた汗が引っ込んだ。
その間に指が離れてしまって残念だけれどやっとこちらを向いた佳主馬くんと同じ場所に座ってさっきよりも近づいて、顔の温度は首から冗談ではなく熱が出ているように上昇している。
訂正しよう、汗は出ています。
冷たさすらすぐに効果がなくなりそうだ。
乗り上げていつものように半分胡坐、半分体育座りのような体勢ではなく膝をベッドに付いたままでいる佳主馬くんが気付いて「真っ赤」と言う。
視線の高さがそれで合うからだろうか。
背が伸びないことを気にしているらしい佳主馬くんの、悔しがってなのか気遣ってなのか判断が付き辛いそんな仕種を見つけてしまうと心臓に悪い。
僕のためなんて言うときっと否定されるだろうけど僕のためじゃなく佳主馬くんのためでも正直たまらないとか思ってしまう。

「っ、う」

膝にそっと手が触れて思わず息を飲む。
つい今までキーボードを叩いていた指は細く、爪も小さくてかわいらしいとかでれっとなって思ってしまう僕は佳主馬くんの身体のどこもかしこもすきだ。
どこもかしこもなんて思ってしまってからついついこの間のこととかを思い出す。
腿の内側の辺りなんかがざわざわして仕方がない。
あれ、なんでどういうつもりで触ってるのとかやっと周りに目を向けられるようになった僕が見た佳主馬くんの顔も、色素のせいで変化のわかりにくいそこも熱くなっていますよと僕に伝えてきた。
そんなことは今はいいってと彼も思ったらしい、視線が向いたことに気が付くとまた兎みたいに反応する。
ジーンズの、ぴんと伸びた部分か小さな爪でかり、と引っ掻かれる。
その音すら聞こえてしまうくらいどうしてか静かな僕の家だった。
もちろん僕らの他には誰もいないのだから話声とかそんなものはしないけれど東京は住宅街といったって長野の田舎のように耳障りな音がないというわけではない。
それなのに耳を塞ぐみたいに濃い空気でも充満してるんじゃないかと思える。
息をするのだって一苦労だ。

「あの」

「健二さんが相手してほしいみたいだった、から」

やっぱりいい、と素早く引っ込められそうになった腕の、その手首を掴んだ。
つい触れてしまった場所の少し上、あのとき佳主馬くんは手を洗ったばかりで濡れていて冷たかったのだけれど、いつもの彼の体温通り熱を持った僕の手より熱い。
それから僕の手は佳主馬くんの手よりも大きい。
大きいと言っても全く、子どもと大人の差ほどはないのだけれど佳主馬くんの手と比べると僕のそれは随分骨ばっていくらか男の手のように見える。
気が付いたのは手を繋いだときで、同じく驚いたのか佳主馬くんは面白くないと言った。
そうやって言いながら足りない長さで絡められる指に違うことを言われているような気がしてしまって、この指の差がいつまでも埋まらないといいなんてこれから成長する池沢佳主馬少年には悪いことを思った。
握ってしまった手首から少しだけ力を抜いてずるずる指までたどって、第二関節まで来てから折り返してやっと握り合う。
やっぱりいいと発した口に対して指は素直になってくれて熱いままだけれど緊張は緩む。
今日は機嫌がいいのかな、だったら嬉しいと片手を握り合ってそのままさっきすっかり相手にされなかったことも忘れてしまいそうだ。

「佳主馬くん、座ったら」

体重は僕よりずっと軽いとはいえ立てた細い膝がベッドに沈んでいる。
痛いのではないかとそう言うと佳主馬くんはじっと自分の膝を見下ろしてから僕を見る。
僕?
見られている間頼まれもしないのに瞬きの回数を数えた一回、二回三回四回、五回目になってすっかり見入ったところから脱出する。 握り合った手が引かれたせいだ。
壁に背中を預けて尻もちをついているみたいになった僕を佳主馬くんの腕一本では引っ張り上げられるはずもなく、くんと張られただけのそれは多少は痛い。
でも離そうという気は起きずに今度は自分の瞬きを数える。
一回二回、三回四回五回、ろっか、

「ああもう、こっち来ないなら足広げてよ」

ぼけっとしていると見えた、実際瞬きを数えるしかしていなかった僕に痺れを切らしたのか、佳主馬くんはとうとう希望を口に出してくれる。

広げて、ということはそれでできた脚の隙間に来てくれるということだろうか。
どちらがいいか、僕はまっすぐ佳主馬くんの方に向かって伸びていた左足をどけた。

「あの、どうぞ」

「ん」

高飛車な女の子みたいにつんと返事をして、こちら側に向かって膝が進んでぺたんと折れる。
正座は辛くないだろうかと思って顔を上げると長く濃い睫毛とか、尖った鼻筋なんかが想像より近いところにあった。
動揺してじんわり滲んだ手の汗が、佳主馬くんの掌まで湿らせてしまったかもしれない。
瞬き一回を数えたところで数えられなくなってしまう。
目の前の閉じられた瞼は膝を立てていないから僕よりも低い位置に、僕の方を向いて目を瞑るということはさすがに何を示しているかわかる。
あれ、でもさっきまでなんだかそっぽを向かれていたのに唐突じゃないのかな。
どうしてこっちを向く気になってくれたのだろうか。
ああでもこんなふうにねだられなければ僕はあんまりにもきっかけを作ることが、掴むことが下手くそだ。
かと思えば突然見たまま露出した肌に触れてみたりするから自分でもよくわからない。
熱を出したみたいな頬の辺りが涙を流してしまいそう、風邪のときに似ている。
目を細めて近づいて、目を閉じて触れた唇も一カ月と二週間ぶりでくっついているだけであったかいなとか濡れてはいないけど柔らかいとかちょっとだけ震えたとか過剰に熱のかかる頭で息切れするまで考える。
触れるだけの長いキスは息の続かない僕が最初に音を上げることになっていて、離すと大きく息を吐く。
僕が離してから佳主馬くんもちょっとだけ苦しそうに呼吸をして、でもまだ近い位置にあるその顔を、眉根を寄せて涙をためるその表情にもう一度触れようと思ったのは僕が先だった。
袖の上げられた腕に触ってしまったときのように吸いついてから唐突だったなんの前触れもなかったと気付く。
それでも驚いて解けそうになる指を引きとめる、口を割って舌で唇だかその奥だかを撫でた。

「ん、ふ」

合間に上がる佳主馬くんの声は高い。
声変わりがまだなんだと面白くなさそうに言った佳主馬くんにそんなの人それぞれだよと笑いながらそんなものは来なければいいと思う僕は決して佳主馬くんの成長が止まればいいなんてそんなことは思っていないはずなんだけど。
やっと応えるために絡められた舌がくちゅ、と控えめにそれでも鼓膜がじんとするような音を立てる。
こんなキスをしたのは手を握ってその次に会ったときで、初めてのキスはそういえば手を繋ぐよりも先だったのだけれどそれからすっかり足踏みばかりしていたせいで慣れていない僕らは、撫でた口の中が熱く首からなにから痺れてしまって唇を離したら二人とも立てなくなってしまっていた。
今も上手くいかない息継ぎに、目を瞑っているから暗いのか酸素が足りないから暗いのかわからない。
口を開けたら僕のか佳主馬くんのかわからない唾液が佳主馬くんの顎の方にべたりと落ちた。
それで気が付いたのは壁に背中を付けていたはずの僕がいつのまにか佳主馬くんに覆いかぶさるみたいにしてキスをしているということで、このまま身体を反らしたらもしかしたらバランスを崩してベッドから落ちてしまうかもしれないと心配になる。
心配になるから口を離すのではなくて背中に手を回した僕は下手くそなキスの終わらせ方を知らない。
がち、と当たった歯は何のせいなのかわからないけれど震えている。
垂れた涎のために一度舌を外に出してべろりと、それも小さな顎を舐めてそのとき僕の胸を押した繋いでいない方の佳主馬くんの手は確かにもう止めてとか苦しいとかを訴えていたはずなのに無視してもう一度と上顎をたどった。
んーんーと上がった声も聞かないふりをしようと思ったら渾身の力で押し返されて元のように尻もちをつく。
歯が少し痛かった。

「も、う」

怒ったみたいな佳主馬くんの、真っ赤な顔と流れた涙の跡にもキスをしたくなったけれど大きく息を吸って吐いてそれきり力が入らない。
やっぱり僕は身体を鍛えている佳主馬くんに比べたら息も続かないし体力もないのだ。
はあはあと自分の呼吸ばかり大きく、握った手は離さないでいてくれるのに唇は思いっきり拭ってしまった佳主馬くんにへらりと笑って返すしかなかった。
何かに夢中になって周りも自分のことも気にしなくなってしまうのはもう治らない性質みたい。

「そんなに苦しいなら、途中で休みなよ」

「ん。そ、なんだけ、ど」

「そんなんだから」

顔に合った視線が下に降りて座っている辺りで止まる。
同じように自分の下半身を見てジーンズを押し上げているものに思わず開いていた膝を中途半端に閉じた。
佳主馬くんを間に座らせているせいで完全にとはいかない。

「ごめ、ん」

「気付いてなかったの」

「う、ん。びっくり。落ちつくから、ちょっと待ってね」

整いかけた呼吸がまた荒くなって、恥ずかしさで益々顔は熱くなる。
当分落ちつけそうになかったけれど、とりあえず視線を反らして冷たいはずの壁に意識を集中させようとした。
背骨まで痺れてしまったみたいになって、冷たいのか熱いのかすらよくわからない。
緊張が解けてちょっとまともな呼吸で手でも繋げるようになって、それから一緒にご飯でも作れたらいいななんて思っていたのに考えていた通りにはどうしたって運ばないらしい。
舐めた唇がさっきの名残でまだ濡れていて、そのことにまたぞくりとした。

「健二さん」

「ふ。ひっ、ちょっと佳主馬くん今だめだって」

「だめなの」

「ん」

また内股に、今度は撫でるように触れる指先はただジーンズを履いているだけならほとんど感覚すらないほどの、それくらいの弱い刺激を起こすだけだったのだけれど、そんな刺激すらびりびりと電気が走ったみたいに感じてしまった。
佳主馬くんの方から僕の口を塞いで、力の入らない膝が割られる。
壁に後頭部が擦れて痛いなと感じるより先にくすぐられる舌と下半身が繋がって反応していくのに抗う思考が遠のいていく。

「健二さん、かお」

「え、なに」

「この前とおんなじみたい」

それはそうかと思う。
同じかどうかはわからないけど、この間も長いようできっとそれほど長くはないキスの後触り合う真似事のようなことをした。
真似事という言葉は多分足りないかもしれない。
僕は佳主馬くんのお腹を汚してしまったし、佳主馬くんも僕のお腹を汚して、それから一緒にお風呂に入ってもう一度擦りあいっこをした。
手を繋ぐよりずっと考えなしの行為で意識なんかほとんどなかったはずだったのに手を繋いだときにはうつむいて見えなかった表情を、目を瞑って眉をしかめて口を半分開けて、そうしている佳主馬くんの顔ばかり覚えてちらついて、一人になった夜は眠れなかった。 そのときの僕の顔を同じように佳主馬くんは覚えていたのだろうか。
逆に覆いかぶさるようになった彼を見上げて何かを言おうとしたら気付かないうちに溜まっていたらしい、口の端から唾液が糸を引いた。
行儀が悪いとか、そんなふうに窘められるかと思ったのに落ちてきた佳主馬くんの舌先がべろりと首から顎までをなぞったものだから、そっと左手で下ろされるパーカーのファスナーも待たないまま、握り合った手を引いて僕一人のひ弱な腕に振り回されてしまう重さの身体をベッドに倒す。
乱暴な扱いにちょっとだけ咳き込んだ佳主馬くんはそれでもまっすぐに僕を見上げてぎゅうと指に力を入れる。
もしかして僕ら同じ顔でいるのかもしれない。
そういうのなんていうんだっけと思い出す前に露出した薄いお腹のところから手を入れて、また唇を合わせるのを我慢できなかった。







ファスナーを下ろしたはいいがパーカーは半端に肘のところに引っ掛かったまま、そのせいで脱げない下のシャツはめくり上げて初めて僕は佳主馬くんの乳首を触った。
触ったというか舐めた。
この間は本当に触り合っただけだったから何となく恋人同士のセックスという感じはしなくて、べったりと肌をくっつけ合うのは躊躇った。
自慰の延長線上ではなくて労わるように触れた今日は、どうやって先に進もうかどれが正しいのか考えてひどく緊張してしまう。
ぴくんと反応した佳主馬くんのそれはかわいらしいのに本人はいやだいやだとひどく頭を振る。
駄目だったのかと口を離してそのときふと開いた佳主馬くんの目が、余裕がない悔しいとあともしかしたら声を出すのを我慢しているようにも見えたからもう一度、音を立てて吸う。

「あ、い、やだ。そんなとこ」

「気持ち悪かったら言って」

「お、男なん、やぁ」

高くなる声とときどき表面を揺らして行く鳥肌に、もしかしたらとそっと胸からお腹までを撫でたら耐えられないと背中が反る。
強く握られた手の甲には多分爪跡でも付いたかもしれない。
息を飲む音に呼吸するのが苦しくなる。
これ以上触っても大丈夫だろうか。
散々濡れたと思ったのに、口の中は乾いてしまっていた。

「だいじょ、だから。そんなの、いいから、あ、はやく」

早く触ってなのか早く終わらせてなのか佳主馬くんは肌をなぞる僕の手の上にも指を添える。
力はそれほど入っていない。
その通り手を止めると少しだけほうと、走った後のような息を吐く。

「どういうのがいい?」

「え」

その手を連れたまま、しっとりとしたお腹から逆の進路を辿って尖り始めた薄い色の突起をくすぐる。
無意識に身を震わせてそれに耐えるように唇を噛む佳主馬くんは生理的になのか滲んだ涙そのままに困ったように僕を見返した。
僕の方は吐く息の熱さで咽喉も弱い鼻の粘膜も焼けてしまうかと思いながらじわりと一瞬ぼやける視界で佳主馬くんを見下ろしている。
きっと暑すぎるせいで水分を汗だけで飛ばすに足りなくなったのだ。

「佳主馬くんどうしたら気持ちいいかな」

「あっ」

きゅうと親指を人差し指で挟むと今までより鋭い声に変わる。
僕の触れた場所それぞれでどんな声をしたのか覚えていたいのに、きっと終わるころには記憶もなにもかも使いものにならなくなっているに違いなかった。

「い、いいよ。そ、なの。いらな」

「いらなくない。佳主馬くんが気持ちいいとこ僕が知りたい。おしえて」

「わかんな、ひっ」

ちゅく、と乾いた口に唾液を溜めて触れていなかったもう片方を舐める。
結局意見なんて聞いていないとそれでも舌で転がす度ぴくんぴくんと跳ねる腰が愛らしいと脇腹を伝ってそこも撫でた。
薄い、無駄な肉なんてついていないんじゃないかと思えるお尻まで手を滑らせて恐らくくすぐったさと悲鳴の中間で上がる声に、しまってやり過ぎたかなと思ったらさっきまで僕を引きとめていたはずの佳主馬くんの手がそっと、震えたまま首を伝って襟足を逆さに梳き後頭部を抱く。
抱かれるといっても片手だし、軽く手を回されたと言った方がいいのかもしれない。

「ん、かずまくん」

唇を離して上を向くと僕の方を見ているのかと思った佳主馬くんはできるだけベッドに顔を埋めるように横を向いて目を瞑っていた。 どんなに怖いと思っていてもプライドの高い、ともすれば傲慢とも取られがちな態度をとる彼があまり見せたことのない、これから起こることが怖いとそう言っているかのような仕草に見える。
僕の動きが止まったのを見て、薄く細く黒目が覗く。

「そ、こ」

「え?」

「つ、かうの。きょう」

つかう、という言葉に首を傾けた僕に今度ははっきりとした声でだから入れるのと叱責に似たものが飛ぶ。

「おとこどうし、ってそこってきいたし」

女みたいにされてんの僕みたいだし、と絞り出すように一つ一つ言葉を吐いてからしばらく僕を見ていた佳主馬くんはあんまりにもぼけっとしている僕に苛立ったのか、それとも自分の言葉に耐えられなくなったのか、その両方なのか、頭の上にあった枕を素早くとってばふ、と顔の上に乗せて隠してしまった。
頭に置かれていたほとんど重さのない掌は今はもうない。
それでも握った手は握った手で力が入っているのにさっきからどれだけ僕は熱くなっているのだろうかとか計算する。
微熱はゆうに越えてしまいそうだ。
まだ腰のその下にあった手がそのままで、佳主馬くんが言っていたのはこのことかと気付いたのはそれからだったから確かめるように擦ってみたらがつんと膝を蹴られた。
見えていないのに的中率が変わらないのはさすがというか、痛いと小さく呟く。
なんなの、と佳主馬くんの声も枕越しに小さい。
そんなつもりじゃなかった、と言うのも誤解を招く気がした。
考えたことがなかったら嘘になる可能性はそれでもなんとなくまだ実現不可能な遠いところにあるもので、手を繋ぐにもキスをするにもいちいち精一杯にならなくてはいけないのに、何事にもあまり物怖じしない佳主馬くんだって、意識すれば耐えられないと目を瞑るくらいのものなのに。
ぎゅっと力の入った爪先を見る。
僕の膝を蹴った素足の甲には筋が浮いていた。

「佳主馬くんはどうしてほしいの」

行き場のなくなっていた手をハーフ、というか七分丈のズボンの腰布の間に滑り込ませて、驚いて力の抜けた手を、ずっと握り合ってもうすっかり汗ばんで空気を冷たく感じるほど濡れてしまったそれを離す。
自由になった手で留め具とファスナーを下ろして下着まで一気に脱がせる。
驚いた佳主馬くんが枕を跳ねあげて起きあがる前に、立ち上がりかけたものを咥えた。
もちろん、初めてのことだったからただ本当に咥えただけで一度確かめるように舐めてみる。
粘つく液体が舌の先に付いたような気がした。

「な、に。ちょっと健二さんっ。ひゃっ」

ぐじゅ、と聞こえるような音を出したのは僕にしては初めて、態とだった。
成熟しきっていないのは年相応かそれか今の子にしたらきっと遅いのかもしれない。
笑うなと真剣に言った顔を思い出す。
本当のことを言えば真摯に受け止めたのでも神妙に頼みをきいたのでもなく興奮して笑うどころではなかった。
はくりと開けた口に含んでしまえるそれを吸って舌でいじって自分の下半身は擦れるジーンズの生地が痛い。

「あ、あっ。やあ。まって、まって」

ぐ、と押された頭には本当に引き剥がす意思があるらしいのだけれど、すべって上手くいかないようだ。
所々爪が立って引っ掻かれた肌の部分がちくりとする。
そういえばと集まって数人で見たアダルトビデオのワンシーンなんかを思い出してずる、と半分ほど引き抜いてから押し込む。
肩のすぐそばにある内股がぶるぶると震えて、じゅぷりと空気の混じって立った音が卑猥に耳に響く。
息が止まってしまうんじゃないかと言うくらい空気を吸い込んだ佳主馬くんの呼吸音もどうしてか耳のすぐそばで聞こえた。

「は、あ、いや。けんじさ、でちゃ」

慣れていないせいかきっと僕はそんなに上手くもないだろうに震える腰も細くなる言葉も限界が近いと告げている。
目じりにずっと溜まっていたものがじりじりと頬を下って、慌ててそれを拭った手が口を塞ぐ。
引き抜いた口からなのか佳主馬くんの先端からなのか、キスをしたときのものよりねばついた体液がシーツにべたりと跡を付けた。

「あ、っう」

「苦しいから、塞がない方がいいよ」

ね、と掛けた言葉に頑是ない子どものように首を振られる。
直前で離してしまったせいで呼吸が落ちつかないのか何度も高く上がりそうになるものを耐えているとくぐもった音が漏れ聞こえて、もう片方の手まで使って蓋をしてしまった佳主馬くんには悪いかもしれないけれどその動作にひどく煽られてしまった。
一回出してあげた方がよかったかなと思いながら大丈夫、なんて白々しいことを言う。

「一緒にしたいと思って」

その言葉にひくと一度震えて止まった肩と大きく見開かれた色素は違うはずなのに兎のような目が伝えているのは見た通り驚きなのかそれともさっきみたいな恐怖なのか、とりあえず笑ってみたけれど固まったまま変わらなかった。
その代わり小さな咽喉がこくりと上下する。
後ろ向けるかな、の言葉に返った頷きは、ブリキのおもちゃみたいにぎこちない瞬きすらしないままの動作だった。
ぎしとベッドに手をついて身を乗り出したら触れた肩口にぎゅっと緊張が走ったのがわかる。
ベッド横のチェストなんて隠し場所としては脳がないけれどどうせ僕の部屋に誰か他の人が入るなんて、それこそ今は佳主馬くんしかいない。
手を伸ばして引いた二番目の引き出しから馬鹿みたいに緊張して、辛うじてまだましな見た目の小さなものを買ったつもりのローションは使っていないから指で挟んだだけでは重かった。

「つかうの」

やっと出したみたいな言葉で佳主馬くんの両手がようやく口から離れているのを知る。
涙や涎でぐずぐずと濡れた顔におさまりがつかなくなって考えることなくうんと言った。
もしかしたらこのローションのことか、それともさっき佳主馬くんが言ったことか訊いた方が良かったのかもしれないけれどその前に頭を撫でて隠れた額にキスをする。
それで伝わったらいいなんて虫のいい考えはまだ築くには短い恋人の信頼ではなくどちらかと言うと僕の甘えだろう。
身をすくめた佳主馬くんはまたこくんと咽喉を鳴らして目を瞑り、そっとベッドに手をついた。
反転した身体はそういえばしっかりと見たことはなかったかもしれない。
背中を流したことはあっても、後ろから抱きしめて当たる肩甲骨にやっぱり痩せていると思ったことはあっても。
骨の浮いた背中、いつの間にかパーカーは左腕に引っ掛かった分だけ残って、見えた脇腹は肋骨まで数えられると視線を這わせてそっと腰を撫でる。
冷たいかもしれないと一度手に落としたローションはやっぱり冷たかったみたいでちょうど尾てい骨の辺りからそっと割れた場所を伝って前の、佳主馬くんの反応した先端までいってそこからベッドに落ちた。

「っ、ん」

「うあ」

擦れるからか腰を上げて、ぎゅっとベッドシーツを握った佳主馬くんの顔は長い髪に隠されて今は見えない。
左手だけ動いているのはもしかしたら放ってしまった枕を探しているのだろうか。
ぽたぽたと水滴のように落ちるのではなく、でろりと細い透明な糸を引いたその場所にどんな雑誌やビデオを見たときよりも突き動かされた。
きれいと見惚れる脳と、それを支配するみたいにずくりと疼く下半身がある。
やっぱりというか意外にというか触った液体はどろどろと指に絡みついて、佳主馬くんの体温のせいか生温い人肌の温度をしていた。 最初はただ広げるように、くすぐったいのか気持ちが悪いのか撫でると上がった声は笑ったときのそれに似ている。
佳主馬くんはあんまり大声で笑ったりなんてしないのだけれど。
繋がりに使うという場所をそっと指で押してみる。
その瞬間とろりと弛緩していた筋肉の何もかもが引きつって、佳主馬くんと同じように息を止めた。
周りをくるくるとなぞると耐えられなかったのか引き剥がすように身を捩られる。

「あっ、」

「大丈夫」

「ご、め」

疑問とも慰めともとれる僕の言葉に咄嗟に出た佳主馬くんの謝罪は引き結ばれた口の中で止まって、シーツに皴が寄る。
力を抜こうとした膝が、滑るようにかくんと折れた。
震えたのかもしれない。
背中から覆いかぶさると、僕のシャツやジーンズにもねとりとしたものが付いたとわかる。
湿った音を聞きながら未だ力の抜けない手の甲を上から覆った。
僕の掌は佳主馬くんのそれ全部を包んでしまえるほど大きくはないけれど、それでもやっぱり縮こまったそれを上から握ることはできると言わせてほしい。

「だいじょぶ、今日しないから」

「へ」

「入れるのって訊いたでしょ。今日入れないから」

「え、だって。けんじさ、ん、ふ、ぁ」

張りつめた上に濡れたジーンズを脱ぐのはもどかしかった。
留め具を外した指が痛い。
下着も下ろして残ったものは蹴るように放る。
握った佳主馬くんのものはべっとりと濡れてはいたけれど緊張か、もしかしたら怯えだったかもしれないもののせいで少し萎えていた。
ぐちゃぐちゃと遠慮もなく扱くとまた硬くなって、それから余裕のない熱っぽい声も聞こえる。

「佳主馬くんが、いやなら僕しないから」

「や、あ。んぅ。そ、じゃな。ちが」

何かを言いかけた彼の言葉は言葉にはならずに高い喘ぎに飲まれているみたいだった。
裸になった下半身を、もっと言えば僕の先の部分をさっきまで触れていた佳主馬くんの窄まりに当てる。
そこにずるりと飲み込まれる瞬間を想像しないわけではないけれど、小さなその場所に無理を強いるのも怖がる彼に無理やり何かをすることも、ひどく痛々しいことのように思えた。

「あ、あた、て」

「まだこわいでしょ。僕もこわいから」

佳主馬くんがおおきくなったらしようねなんてそれだけ聞けば子どもに言い聞かせるようだった。
ぐちゅとローションなのか先走りなのかわからないもので滑らせて、佳主馬くんのものに重ねるように自分のものを当てる。
上手くいくだろうかと腰を前後に動かしてみたけれどやっぱり良くわからずに手を添えて一緒に握り込む。
後ろからではないけれど擦り合わせるのならやったことがあるから。

「ふ、っぅ」

「え、あの、やだ。けんじさん、ぼく、ぼくだいじょぶだから、して、あ。ひゃ、あ」

「あし、閉じて。かずま、くん。そのほ、うがきもちいいから」

「やだ、やあ、おねが」

おねがい、いれてという声は泣いているようにも聞こえるから汗で濡れた首筋を舐めて、それだけ濃い髪から露出した耳を噛んだ。
力の入った足に挟まれて前後に揺する僕のものが佳主馬くんの肌の上でじゅるじゅると空気を含んだ水音でもって滑った。

「いれて、けんじ、さ。あ、も」

握り込んだ佳主馬くんのものからきっとローションではないものが滲み出てぴくぴくと震えている。
あまりいじってもないのに馬鹿に我慢ばかりしていた僕のものも限界だった。

「いっちゃ、やだ。やあぁ」

「僕も、ね。かずまくん、あ。いっしょ」

見えなかったけれどきっとばたばたとシーツを白いものが汚して、僕と佳主馬くんは一緒にばたりと力を抜いた。
息が上がって、情けないことに腰も抜けてなかなか起きあがれなかったから重かったかもしれない。
伏せられた顔が見えない代わりにそっと髪を梳いて、一緒にお風呂入ったらごはん作ろうと、熱い呼吸で絶え絶えに、やっとそれだけ言った。











当初はこの後のことを書く予定だったのですがあれー?約束が遅くなりました。続くかもしれないだって素股がすき。


200901218