なでる、ふれる
日に焼けた項にさらさらとした黒い髪がかかる。
明度の低い納戸にいるせいでそれはより一層黒々として格子状の窓から夕方に近づき弱くなった陽光の当たる上部だけがつるりとなめらかな光を反射していた。
彼は、池沢佳主馬はいつものように滑るような指使いでOZ上の彼のアバター、キング・カズマを操作していて小磯健二の見ている場所からはタンクトップから伸びる二の腕の筋肉がキーボードをたたくたびに僅かに動いているのがみえる。
つまり健二は佳主馬のうしろにそっと、息を詰めるように座っていた。
狭い納戸なら呼吸音さえ大きくひびいてしまうような気がして、そんなことでチャンピオンの気をそらすわけにはいかないと、最初はそうやって意識してなるだけ小さく鼻から息をするように気をつけていたのだが今はおそらくそうではないと健二自身ぼんやり気づきつつあって、汗をかいた掌をぎゅっとパンツに押しつける。
アバターの動きを追っていた視線はいつの間にか移動してそれを操る佳主馬の黒髪、そこから露出した耳、それから首元に肩甲骨と二の腕と移動し、それらを往復する運動を続けていて止まらない。
いやところどころ止まることはあっても動線から逸れることはない。
(僕は、これって変じゃないのか)
健二は数学の才能以外にあまりさえたところのない人間だと自分のことをそう評価している。
だからこそいじめられていた過去からそれこそ頂点まで上りつめて尚努力して勝ち続ける佳主馬を尊敬していたし、キング・カズマを素直に格好良いと憧れる心もあった。
それにあの世間を騒がせたラブマシーンの事件で協力したことで親しくなれたと、おそらく佳主馬も同じように、兄のように友人のように慕ってくれていたらと思っている。
しかし自分が今感じてそして彼を見ていることはそれらとは全く別の、一種衝動のようなものから来ているような、このじんわりと身体の温度を上げていくものの正体は湿気や暑さとはまた違う熱なのではと考え始めていた。
つ、と浅黒い少し骨の浮いた首筋を汗が伝い、同時に赤いタンクトップの背中も湿って色を濃くした部分があると気づく。
ぞくと、背筋を舐めるような電気のような痺れに指先まで浸食して、舌先をも犯してひとつ、欲望を脳の中で言葉に変換した。
「こんなの見てて楽しい?」
「うぇへ!?はい、た、楽しいです。キング・カズマ、格好良いし」
「どうしたの」
様子がおかしいことに気がついたのか背中を向けたまま問いかけていた佳主馬が怪訝そうに顔だけを健二に向けて眉を寄せた表情を見せる。
その顎からもぽたと汗の滴が板張りの床に落ちていった。
「や、あの。なんでも、佳主馬くん前見なくて」
「もう終わった。本当にどうしたのお兄さん、のぼせた?」
画面には確かに「CHAMPION WIN」の文字が表示されていてバトルを終えたキング・カズマが堂々と仁王立ちしている。
けれど暑さにやられたと思ったのか、全く日に焼けたところのない肌を赤くしていく健二に佳主馬が顔を寄せてきたことでなんでもないなんでもないと慌てて首を逸らしたことで見えなくなってしまう。
「水もらって来ようか。ていうか、こんなところにいないで縁側で涼んできたら?」
「大丈夫、い、いいから」
「そう?」
立ち上がる佳主馬のハーフパンツの裾を慌てて握り必死で止めてからどうしてそんなことをしたのかとまた思考が落ち着かない。
水をくれるというのなら素直にもらっておけばいい、何せここは風が通る日本家屋とはいえ納戸であるから熱もこもって暑いし、縁側で涼んで頭を冷やせば先ほどのまともではない思考も気のせいと思えるはずだ。
それなのにどうして自分は佳主馬を引き止めるような真似をしているのだろうか。
「あとちょっとで僕も休憩にするから、そしたら一緒に出よう」
遠慮していると思われたのか呆れられたのか、とりあえず手、離してねと握った健二の手に自らのそれを添えて外した佳主馬はキング・カズマのバトルモードから画面を切り替えて今度は文字を打ち込む作業を始めた。
契約先とのやり取りなのかそれとも個人的なことなのか、触れた指先を確かめるように握ることで精一杯の健二にはほとんど視界の隅の出来事でしかなく、先と同じように項に目をやって、やはりそこから眼球を行ったり来たりさせる。
脳に直接書き込まれたかのような言葉はまだ消えていなかった。
それのまま、吸い寄せられるように四つん這いになってついさっき汗の玉が降りていった場所をなぞるように撫でるようにゆっくりと舌を這わす。
「ひっ」
少年特有の高い声で悲鳴に近い音を喉から出した佳主馬は一度肩を震わせてその後小さく「あ」と言った。
何に対する「あ」なのかわからないまま健二はそこをそのまま一往復する。
やはり塩辛い、と思いながら。
「健二さん?」
恐る恐る名前を呼ばれても動きを止めない舌は次に生え際をざりざりと擦って、一気に肌とタンクトップが触れて影を作る場所まで降りていく。
それからそうやって汗とは違う体液でぬらりと光る肌を今度はぎゅっと健二の白い歯が噛んで、骨まで挟む。
佳主馬は後ろから自分の首ばかりを舐めたり歯形を付けるような行為に混乱しているのかどうしていいのかわからないというふうにキーボードから浮かせたままの両手を妙な感覚が伝わるたび握ったり開いたりするという動作だけを繰り返していた。
本当は前に屈むようにして首を健二の口から離せばいいのだかそれすら思い浮かばないらしく、何とか左手で机の端を握って身体を支えると、自分の首筋を噛んだり舐めたりする張本人の顔を探して右手を後ろに彷徨わせると佳主馬がとらえたのもまた健二の首筋で、意趣返しという意味なのか中指と薬指で生え際をそっと、自分が舌でされたそれのように撫でる。
健二の肩も、緊張したのか筋がぴんと張って一瞬だけ震える。
佳主馬の口からは思わずほとんど息に近い笑い声が漏れた、自分たちはこんなところで何をやっているのだろう、というところだろうか。
「ねえ。は、あ」
佳主馬が呼びかけると左肩に近い辺りを唾液の多くなった唇と舌とでじゅっ、と音を立てて健二が啜って、それにも笑ってしまう。
「なに、かずまくん」
応える健二の声はどこかふらと浮くようでさきほどよりのぼせたようになってしまっていた。
濡れてしまった口周りを手の甲で拭う間に振り向いた視線とそれに気づいた視線がかちあう。
「さっきからこんなこと考えてたの」
「うぇ!あ、とごめんなさ、い。あ、あの僕」
夢から醒めたように目を見開いて先ほど自分が何を、しかも言い訳できないくらい結構な長い時間してしまっていたのかやっと自覚した健二は行動とその理由に対して説明がつかずに、そしてどうしてそれを抑えることができなかったのかわからずにただゆでだこのようになって瞳を揺らす。
「いいよ。いつしてくれるのかって思ってた」
「へっ」
まさか首舐められるなんて思ってなかったけどお兄さんって結構変わった嗜好の人?
そう問われてもその前の言葉の意味を理解するのに必死で、頭どころか鼻の粘膜までじんと熱が上った健二には応えることができなかった。
「え、と」
「ね、お兄さん」
「はい」
さっきの、次は僕の口の中でやって、なんて大胆なことを言われて最近の中学生はなんて思う暇もなく健二のシャツの裾がぐっと掴まれる。
確かに順番としてはそちらが先である方が正しいのだろう、そう思って覚悟を決めたのはいいが、自分がどうやって彼の首筋を舐めて、噛んでいたのか、沸騰した頭の記憶はすっかり飛んでしまっていた。
そういえば自分項フェチでした(特に必要のない暴露
20090901