注意!!
捧げもの。せい様宅のヤンデレ初代霧×綱吉でパロといういっそ三次創作。
前提として霧→初代+骸ツナです。おまけにパラレル。
霧の人と骸、初代様と綱吉は限りなく生まれ変わりに近しいものだと思ってください。
大丈夫な方はこのままお進みください。苦手な方はバックプリーズ。

侵食ロマンス

























震える手先に口付けられて、目と目の合った顔は微笑みをいっぱいに湛えていた。
まるで長い間離れ離れだった恋人に再会したときのような、離れていた過去の何もかもを喜びに変換しているかのような。
けれどそれを一目見た綱吉が感じていたのは整ったパーツ同士がつくりだす表情が美しいだとか、ましてやその人物に逢ったことが何より喜ばしいとかそういうことではなく。




体験したこともないくらい圧倒的な力で自分を支配する恐怖だった。










「被害者は全員絞殺、窒息死ではなく大動脈圧迫とは合理的な。死体もきれいだ。そして左手の薬指だけが切り取られ持ち去られている。被害者は全員既婚者。なんというか」

そこまで言ってから骸は見ていた資料をばさばさと床に投げ出した。
濡れたように濃い灰色をしたコンクリートの床にコピー用紙の白が眩しく、紙面には綱吉が見ている場所からでは何が書かれているのか判別できないほど小さな文字がびっしりと並んでいる。
その中に混じる写真の数々は一見しただけでは殺人事件現場のものとは分からないほど整然としていて逆に現実感がないような気さえした。
よくよく見れば眠ったような彼や彼女の顔には生気がなく、みな一様に身体の一部分だけがなくなってしまっているのだけれど。

「何か分かった?」

「白々しいですね沢田警部補?悪趣味な週刊誌の紙面が目に浮かびます。ああ、そういう雑誌もここで見られるのでしょうか。僕は結構そういう下種なものって好きですよ。いじらしくて、かわいらしい」

悦に入ったように目を細めて、骸は手にした一枚の写真の表面を指先でなぞる。
どうやら被害者のなくなった薬指を想像しているらしい、そこにはめられた金や銀のリングを見ているのかもしれない。

「警察は怨恨や既婚者への逆恨み、単純に強欲な強盗、証拠隠滅のための何らかの工作の方向で捜査している。要するに何も分かってない」

「被害者の周りで行方不明者や怪しい人物は?」

「いたらここに来てないって。被害者の夫や妻、家族にはアリバイがあるし、何より被害者同士につながりがない。逆恨みの通り魔っていうのが一番しっくり来るよ」

疲れたようにため息を吐くと、くふふふと楽しそうな笑い声が拘置所の廊下に反響した。
むっとして綱吉が顔を上げると骸は意外にも優しげな、子どもに諭すような笑みを一度向け、それからもう興味はないというふうに読みさしだったらしい薄い文庫本を手にとってページを捲りだす。
裸足の踵が被害者の顔を踏みつけている。
わざとだろう。

「君はあまり僕には頼らない方が良いと思うのですがね」

「それは、そうだろうけど。わかるなら早い方がいいだろ?次の被害が出た後じゃ」

言いよどむ綱吉をまた笑って、骸は椅子代わりにしていたベッドから立ち上がると文庫本も資料と同じように放り投げた。
殺風景な檻の中が散らかっていくのは綱吉がこの死刑囚の元を訪れるときにはいつものことで、返してもらうときが面倒だなとろくに吸いもしない煙草が恋しくなる。
持ち出し厳禁の捜査資料を置いてきたとなれば、ここに通うことを黙認している綱吉の上司も咎めざるをえなくなるだろう。
心から尊敬する人物に迷惑をかけることだけは避けたかった。

「被害者は指輪をしていましたか?」

「は」

狭い独居房は歩き回るといってもせいぜい何歩かで、等間隔で並び立つ銀色の格子に骸の掌がたどり着くと金属越しにサファイアとピジョン・ブラッドの瞳がぱっちりと開いて綱吉を見た。
指先がピアノを弾くかのように遊び動いて伸ばされた爪がかちかちと小さく音を鳴らす。

「してたから取られたんだろ?」

「そういうところ嫌いではないですけれどね。まあ逆恨み、という推測は外れではありません。しかし地道な捜査と証拠集めが何よりですよ。近道なんてものは幻想だ」

綱吉に言っているのかただの独り言なのか、可笑しくてたまらないという様子でくつくつと咽喉を鳴らし肩を揺らし、ズルは感心しませんがヒントくらいならあげましょうと言った骸は資料から導き出した推理をすらすらと喋り始める。
暖房は効いているのに妙に寒いような気がした綱吉は、着ているコートの前をかき合わせて一言一句聞き漏らさないよう話に聞き入った。










県警の捜査一課に勤める沢田綱吉警部補が、死刑囚である六道骸と知り合ったのはある組織犯罪への調査を進めている上で彼がその一員であったという情報を得たことからだった。
警察官の仕事としてではなく家庭の事情や綱吉にたくさんの知識を強制的に叩き込んだ人物からの影響あっての個人的な捜査だったためか行き詰まりを感じることも多く、藁にもすがる思いで会わせてもらえるよういろいろな所に頼み込んだことをよく覚えている。
大量殺人、酌量の余地なしの死刑。
その執行を待つ身の骸は暇を持て余していたのか、それとも自分が情報を明かしたところで罪は軽くなりはしないと自棄になっていたのか、組織についての情報をまるで語り部のようによどみなく、その背中の産毛をそっと撫でるような艶のある声でもってよく話した。
捜査という捜査は進まなかったが、骸の協力もあってかかの組織がどのようなものであるのか少しずつ明るみに出てきたと思っていた頃だ、綱吉がふとこぼした愚痴と新聞記事から彼が殺人事件の犯人を言い当ててしまったのは。

「しらねーで会いに行くとか言ってたのかよオメーは。六道骸はあれは天才の一種だぞ。捕まったのも今拘置所でおとなしくしてんのも奇跡って言われてんだ」

相変わらずのダメツナがとハードカバーの分厚い本の角で綱吉の頭を強打してくれた自称家庭教師は、骸は殺人犯として捕まってしまうまで大学の研究員として高度な論文を発表していたことをわざわざしなくてもいいだろうにねちねちと嫌味ったらしく教えてくださった。
そんな人間がどうして大量殺人をとか一体どうやって捕まってしまったとかそういうことは一切教えてはくれなかったし、当時の新聞を見ても機密事項が多いのかまともな情報はなくたいした資料も手に入らなかったから、警察にとって後ろめたいことでもあるのかと勘繰ってしまったほどだ。

「僕が殺した人間は存在してはいけない場合が多かったということです。ああ、勘違いしないでくださいね?殺したのは僕の意思だ」

好奇心から口をすべらせた綱吉の疑問を解決したようでいて、これ以上聞いてくるなと拒絶した骸の声は少しだけ楽しそうでもあった。
意図的につくられたような微笑はまさしくシリアルキラーのそれなのか、殺人鬼というものがどんな顔で笑うのか直接的には知らない綱吉はただ、もしかしてちょっと怖い人だったのかな今までやってきたことって気に障ってないかなと警察官としてではなく小心者の一般人としての思考をしていた。










先日の事件はほぼ骸の推理通りで潜伏していた犯人も無事に捕まり、上司は渋いようなしかし仕方ないという顔をしていた。
綱吉も同じ気持ちであり、地道な捜査と証拠集めが何よりだと言った本人が、それこそ昔の探偵小説に登場する、助手の集めてきた証拠だけで難事件をたやすく解いてしまうチェアーディテクティブそのものという皮肉っぷりにどうも納得がいかないもやもやとした気持ちがくすぶった。
しかし綱吉の気持ちはさておいて一応捜査協力をしてもらった、身柄を拘束されているとはいえ一般人に警察が礼を言わないわけにはいかない。
看守に機密事項を話すからあまり近くにはいないでくれといつものように声を掛けて、地下にある独居房に入る。

「この前の事件、お前の言った通りだったよ。悔しいけど」

冗談めかして言うと、いつもなら挨拶ぐらいちゃんとしなさいとか情けないですねえ頭数が多いだけで君たちは全員が無能なんですかとか、辛辣な言葉が間髪入れずに返ってくるというのにどうしてか骸は綱吉を目に留めたそのままの姿勢で固まっていた。
切れ長の目が珍しく見開かれている。
それほど驚く言葉も言っていないし服装もいつものジャケットとコートという全く奇抜さの欠片もないものなので何を驚いているのか、綱吉は辺りを見回してそれとも事件の推理をやっぱり考え直していて、以前の推理通りだったことにびっくりしているのかという可能性に及ぶ。
今まで骸が自分の推理を翻す、ということはほとんどなかったけれど。

「なんでもないです。少し、ぼんやりしていました。続けて?」

思い至ったことを訊こうと口を開く直前で、骸は表情をいつもの柔らかい笑みに戻して綱吉に先を促した。
そのときなんとなく違和感を覚えないでもなかったが、気のせいだと忘れて綱吉は事件の報告書を簡単にまとめたメモを取り出し「まあほぼお前が言った通りだったからそんなに言うこともないんだけど」と前置きして話を進める。
どこか廊下の端で、換気扇がぶうんとかがたんとかささやかな自己主張をした。



しかしやはりその日の骸は何だかおかしいような気がする。
おかしいと言ったって会話が成立しないわけでも綱吉を攻撃するようなそぶりもないので第三者に伝えるには感覚的すぎるものなのだが。
けれど、いつもの六道骸でないことは確かだった。
骸は例え拘置所の独居房であっても支配者然として、綱吉が来たからと態度を変えたり物事を中断することなく好きなようにしている。
刑務所よりも少しの自由が許されている拘置所では、監視や検閲を受けるが外のものを仕入れることができるから、彼は本を読んだり何かしらをノートに書き込んでいることが多かった。
もちろん眺めるものが捜査資料に替わることはあったし、気が向けば芝居がかった動作で推理を話して聞かせることもあったのだが基本的に綱吉の話を聞くときは片手間で寝ているのかと思うときもあるくらいだ。
その骸が今日はずっと綱吉を見ている。
あの、奇妙な沈黙を破った後から先日の事件の話をしている間もずっと。
ただ見ているだけなら何も感じないのかもしれないがその視線が痛いほどで二の腕がぴりぴりするような、胃液が騒ぎ出すような感覚がした。
気にしないようにと捜査資料や時計に目を落とし、地下であるのにやたらと携帯電話を気にしたりしてみたのだがやはり思い込みではないようだ。
顔を上げるといつもの完璧な微笑みが返されるのだけれど瞳の奥がぎらぎらしているようで長い間視線を合わせていられない。

「な、骸。何かついてる?」

勇気を持って訊いてみると黙ったままの彼に手招きされる。
こちらへ来いということらしいが正直なところ不気味であまり近づきたくない。
尻込みしていると骸の方が金属の格子に近寄って更に顔をほとんどくっつけるようにした。
ついついその分後ろに下がってしまう。

「そのように怖がらないでください。せっかく気分がいいのに」

差し出されは細長い手は空を掻いて見えないロープで綱吉を手繰り寄せようとしているかのようだ。
この間まで伸ばされていた爪はまるく切りそろえてあったが、危機感を和らげる要素になりはしなかった。

「出てくる気はなかったのですが。ここはあまりにも退屈ですから」

くふふふふ、と奇妙な笑い声の癖は知ったものと同じではあったけれどやはり普段の骸とは視線の温度が違うように思える。
絡みつくようで、熱っぽい。

「嫌なことを思い出しまして。ああ、それともあれが呼び水?」

問いかけるようで自己完結しているような言葉は視線と同じく綱吉に向かってはいても夢を見ているような、現実感を著しく欠いた雰囲気を纏って冷たい空気の中を旋回する。
はあ、と耽美とも言える勿体ぶった溜息を吐いた彼は子どものように嬉しげでもあった。

「あなたを見つけることができるなんて。ああ、それとも僕を待っていてくださった?あなたでしょう、僕は間違えない」

あなた、と呼びかけられるのは初めてだ。
骸は綱吉のことを君とか沢田綱吉とか皮肉を言うときだけ沢田警部補と階級を口にする。
そもそもこんなに柔らかな声を、強い視線を綱吉に向けることはない。
綱吉の幼い頃から不思議と良く当たる直感は、確かな違和感の正体を掴んでいた。

「おまえ、骸?」

警察官とは思えないほど弱々しく問うた綱吉は自分の発した言葉に驚いて、え、いやそのあのと取り繕う方法を探していたのだが、見ていた相手は喜色を浮かべてやはり、とひとり呟く。

「あなたは相変わらずですね。性格は随分と違いますけれど」

「相変わらずって」

久しぶりに会った友人に対するような言葉遣いに戸惑う、それ以前に相変わらずと言われるほど、何か思い出があるほど綱吉は骸と長い付き合いでもなかった。

「ねえ、こちらへ来てください。探していたんですよ、あなた」

にこお、と微笑んだ顔は骸によく似ていた。
似ているだけで決して本人ではないのだと今度こそ確信し、そうしてやっと資料の中で骸が組織から受けていた実験についての項目を起動の遅い脳が思い出した。

「人格の、転移」

紙面で見ただけでは何をどうするのか想像もできないが、他人の人格をそのまま一人の脳に移植する(資料には「憑依」とこれもまた非現実的な言葉が使ってあった)という奇妙な人体実験は、骸本人が解離性同一性障害であるという可能性も、単なる遅効性の催眠であるという可能性も否定できないために正確なことは何もわからないという実験にしては随分曖昧な締めくくりをしてあったことを覚えている。

「ああ、そうでした。この身体は僕ではない。だから戸惑っているのですね?」

不自由だ不満だ不愉快だとその骸ではない誰かは伸ばした自分の右腕を見つめ何度かはっきり瞬いて、そうして何を思ったか己の左目に指を当てて軽く調べるように周囲を探る。
瞼だけではなく眼球も触っているようで青い目は生理的な涙を流していたがむしろそれは彼にとって邪魔な、ひどくいまいましいものでしかないようでしきりに拭ってはまた青を撫でている、その様子はこの異常な空間でも殊更妙なものだった。

「やはりあったとしても僕では左目は見えないのですね。あなたのために失ったのだから、嬉しいことです」

「骸、そんなに触っちゃ駄目だ」

ぶつぶつと呟く誰かは今にも転がすそれを抉り出そうとでもしているかのようで、綱吉は耐え切れず名を呼び、檻の外からその冷酷な手を眼球から引き剥がそうと近づいた。
そちら側ばかりに目が行っていたためか差し出された右腕がそのままだったのを失念していてあっさりと左腕の肘の辺りを掴まれ、一瞬で血の気が引く。
決して強い力ではないけれど、檻の中へ中へ引き込もうとする透けるほどの白さを持った手が状況も相まってまるで幽鬼のようで、恐ろしさで身体が竦み、情けないことに膝も軽く笑っている。

「違うと分かっているのに、その名で呼ばないで。愛しいあなた」

「だから、違うって」

「僕の名を呼んで。あなたが付けて、呼んでくれた名前で」

「わか、んな」

恐怖で震える綱吉の腕をとうとう檻の中まで引き込んで、彼はその手の甲に恭しく口付けた。
あまりにも丁寧で神聖なものに触れるかのような動作は、骸の美貌のせいかそれとも彼の優しく愛でるような手つきと微笑みのせいか一枚の絵画のように美しかったが、それに感動するほどの余裕はなく、頭の中は真っ赤なのか真っ白なのか、興奮しているのか冷え切っているのかすらまともに分からず破裂しそうになる心臓の鼓動がぐいんぐいんと響くのをただ聞いている。

「待っていたんです。ああ、あなたは僕のようではないというのに会いに来てくれた。今生こそ僕を愛してくれる?」

「骸、起きろよ。な。それとも冗談?離して。見つかったら罰則だろ」

看守に席を外させるのではなかったと後悔しても遅い。
慌てる綱吉を気にもせず、彼は睦言のように囁きながら口付けた場所に頬を擦り付けた。
ジャケットとコートで隠された手首の下まで一気に鳥肌が立ち、その通り寒さを感じているのに背中では汗の玉が生まれてすぐに腰の所まで滑り降りる。
警察官であり、それなりに危ない場面は潜り抜けていた綱吉だったが、このような静かな恐怖を、相手はナイフすら握っていないというのに心臓を掴まれているかのような恐怖を感じるのは初めてだった。
逃げようにも恥ずかしいことに足が動かない。
数歩動けたとしてもこれでは腰が抜けて座り込んでしまうのが関の山だろう。
一応口にした囚人への忠告はまるまる無視され、血の気が失せて白くなった指先にざらりと生暖かい粘膜がふれる、舌だ。
ひいいと情けない悲鳴を上げた綱吉は今度こそ形振り構わず逃げ出そうとしたのだが、変わらず力は入らず、いつの間にか腕を掴む指には肉に食い込まんばかりに力が込められていて事態は悪化の一途を辿っていた。
指先から始まって側面から関節、指と指の間まで丁寧にねぶられる。
官能を誘うかのような動きは何を目指しているのか、戸惑ったまま綱吉は細い息と短くなっていく呼吸を感じていた。

「あ、やめて、くださ。何、ホントに。俺じゃない」

どうしてか泣き出しそうになりながら、拒絶する言葉尻も弱まる。
己の指を手を唾液で濡らす彼が、時折微笑んで、何かを請うように懇願するように顔を上げて視線を合わせるからかもしれない。
骸はそのような弱さを綱吉の前では晒さない。
関係はあくまで利害の一致ゆえのものだと、恐らく向こうは割り切っている。
けれどその凄惨な過去や垣間見える冷血に感じるほどの決意が、綱吉にただの囚人と警察官、チェアーディテクティブと依頼人以上の感情を呼び起こしているのは確かだった。
寄りかかられてしまえばきっと拒めないだろう。
もしかしたら喜びすら感じてしまうかもしれない、よく似た、非常に近しいと言ってもおそらく他人であるというのに彼の顔をしているだけで、綱吉にすがっているという事実だけでこの有様なのだから。

「ああ、この無粋な格子さえなければもっと近くへ行けるというのに。もどかしいです、ねえあなた」

歌うように柔らかな声は掠れてすらいないというのに泣いていると錯覚してしまう、濡れている。
綱吉の手ももう濡れていない場所などないかのように嘗め尽くされていた。
空調で微かに動く空気が小指の先から順に乾かしている。

「囚われてしまうなど、僕であるというのに。諦めているのか、それとも機会を窺っているだけの狡賢い蛇であるのか」

「それとも、それとも」

「この僕も、愚かな僕でしかないのか」

呟かれた言葉の後半部分はほとんど分からなかったが、どうやら骸のことらしかった。
同じ脳内に居住しているというのに意思の共有はないというのか、確かにそんなものがあったなら綱吉はもっと早くにこの男に逢っていただろう。
しかしそれならばなぜ今日なのか、何かきっかけのようなものがあったというのだろうか。

「今生のあなたは、まだ誰のものでもない?」

「は?」

「今度こそ、僕を」

「つうっ!」

噛み付かれた、恐らく尖った犬歯の先で。
しばらくゆるく握られるまま、ぱりぱりと乾燥し始めていた左手の薬指に歯形と赤みが生まれる。
もう二十も疾うに過ぎている、意味が分からない綱吉ではなかったが、なぜ自分が、人格が違っていても男だろうがと妙に冷静に思って口を開けるしかなかった。

「次は、思い出してくださいね。僕の名を」

とろけるように甘く微笑まれて、もう一度手の甲に口付けられた。
もう鳥肌は立たなかったが、次に名前を呼べだなんて無理難題を聞いてすぐさま頭の隅に追いやった綱吉の脳からは幼少期から思春期にかけて培った怠け癖が抜けていない。
そうして靄のかかったような、いっそ真っ白い頭の中に正気が戻ったのは一度かくんと頭を垂れて、金属の格子に骸が倒れるようにぶつかったときだった。
さきほどの人格が抜けたのか、一時的に意識を失ったらしい。
何度か呼びかけると、不快そうに眉を顰めて目を開けた。

「骸?お前、骸?大丈夫?」

「…るさい」

不機嫌そのもののように低く呟いてから頭を押さえて身を起こすと、ほとんど格子を挟んで間近に綱吉が迫っているということに驚いたのか「はあっ!?」と声を上げて目を見張った。

「何をしているんですか!死刑囚に不用意に近づいて!正気か」

普段の骸らしくもないあわてた様子で、警察官である綱吉をくどくどと叱り、更に独房の中にまで侵入した綱吉の左手を発見して柳眉を吊り上げた。

「これは、何ですか。いくら警察官だからといって。君、は」

ようやく状況がおかしいことに気が付いたのか言いよどんで、骸のオッドアイはいつもと変わらぬ知性の光を灯し始めた。
らしくもない骸の慌てぶりや怒ったような声に唖然としていた綱吉も、それを見て安堵したような細い溜息を吐く。

「僕は、何をしていました?」

「え、と。なんていうか。俺も良く分からないんだけど、他の人が」

「出てきた?」

「うん。あと、俺のこと、知ってるっていうか。俺じゃない俺を知ってるみたいなことを」

自身すら理解しきれていないことを伝えるという作業のための拙い表現を、一つも聞き漏らすまいと骸は真剣に綱吉に向き合う。
いつにない強い視線に、どうしてかどぎまぎしながらも綱吉がなんとか説明を終えると、納得がいったというふうに今度は骸が溜息を吐いた。

「ご存知かもしれませんが、あれは実験で移植された人格です。ある一人の人間がモデルらしいのですが、どうやら一部の思念みたいなものも働いている。それに関わることが僕の周りで起こると出てくるので、あれが犯した罪も僕の罪状にあります。まあ、大した数の違いではありませんが。こんな殺風景で人にもほとんど会わない場所で出てくるとは」

「うん、これじゃないかな?」

綱吉は苦笑いしながらもうすでに薄くなり始めている左手薬指の噛み跡を骸に見えるように掲げる。
当然ながらそこは既婚者の場合、金色や銀色時には宝石の付いた指輪がはめられる場所で、つい最近骸が解決に導き綱吉が今日報告に来た事件の手がかりとなった場所でもあった。

「これを」

「なんか、手、舐めらて噛まれたんだけどお前に」

語尾を強調すると骸はかあっと顔に熱を上らせて君は警察官のくせに自分の身もまともに守れないのかどうの、という言葉を珍しくつっかえながらやっと発し、それからわざとらしい咳払いをニ三回した。
いつもは見られないその様子は新鮮で、もっとそんな顔をすればいいのにと綱吉は漠然と思う。

「多分、その人が言う俺って、結婚してたんじゃないかな」

「そういえばちょうど今日の朝、事件を報道する記事を読んでいたのでした。被害者が指輪をしているときの写真も、載っていましたね。その頃から記憶がない」

「やっぱり」

捜査資料にはすべからく婚約指輪が欠けていた。
事件の結論からすればその写真は、指が付いていたとしてもきっと指輪をはめていなかっただろうけれど。
犯人は本来しているべき指輪をしていない既婚者を身勝手な理由で狙っていたのだから。
しかし骸が興味を持っていた過去の週刊誌では当然、指輪をしていたころの写真を探し出して載せていたはずだ、それがきっかけとなってしまうとはまさか骸自身にも想像がつかなかっただろう。

「あれは、なるほど。君に似た既婚者に恋をしていた。そしてその想いを君で遂げようとしていると」

「みたいだけど。骸もあの人のこと良く知らないの?」

「知りませんね。勝手に植えつけられて勝手に出てくるのですから。そして僕はあれと会話ができませんからね」

「そっか」

骸は少し憤慨しているようだった。
勝手に身体を使われたからなのか理不尽な状況になのか。
どうやら綱吉にも向けられているようだが綱吉は綱吉で自分も被害者なのだからそんなにぴりぴりしないで欲しいと苦笑した。
そうしたらまた睨まれたのだが。

「でも、あの人骸に似てると思うんだけどな」

「だから分かりませんよ。同じ顔だからそう思うだけではないですか。僕は疲れた。迷惑をかけましたね。今日は帰りなさい沢田綱吉」

立ち上がって綱吉から離れると骸はさっさと簡易ベッドにもぐりこんでしまって、奇妙な髪型の跳ねている部分しか見えなくなってしまった。
蹴り落としたのか週刊誌らしきけばけばしい雑誌が数冊ばさばさと落ちる。

「俺、調べてみていいかな」

「仕事をしなさい公僕」

くぐもったような声は変わらず冷たかったけれど、断られはしなかった。
骸の過去を暴くという行為はまるで覗き見をしているようで気が引けて手に入った資料を読む以上のことはしなかったのだが、もしかしたら今まで調べたことのなかに、自分に似た人と骸に似た人の手がかりがあるのかもしれない。
あの悲しい目をした人の名前を呼びたいと、冷たい目をした骸に優しく笑って欲しいと思う理由を綱吉はまだ深く考えてはいなかった。













本当にものすごく個人的な捧げものだし霧ツナ…霧ツナ?ってなる人が多いような気がしたので上げてなかったのですがせっかく書いたし長いしということで自分のとこにも上げてみる。 ちゃんとリンク繋げてなくてすみませんせいさんだいすきです。あ、この話は続きません。お話は霧ツナですが公式は骸ツナです(?)







20090227