純愛コンプレックス 後部座席のおまじない










お友達になってきましたと照れているのか困っているのかいい年をした腐れ縁の男が少し前の出来事を連想させるように顔を赤くして言うものだからつい手が出てしまった。
反射で出された右の拳は学生であった時分から社会人になったその後も一般人に比べれば人を殴り慣れていたので特に痛むということもなく、奇妙な房のようなものとぎざぎざの分け目のある特徴的な頭に的確な打撃を与え、それから腫れることもない。
いい音がしたので優秀だとはやし立てられてきた脳みそは案外空っぽなのかもしれない。
だからこの男はいつまで経っても人間生活の面では未熟なままなのだ。
雲雀としては教育してやる義理はないので早々と誰かに世話焼きのような損な役回りを交代して欲しいのだが周りの人間は揃って回避して最終的には戻ってくるのだから面倒なことこの上なかった。

「痛い」

「痛いように殴ってるんだよ」

「なんでですか!」

僕にとっては大変な苦労だったんですと主張する特徴的な髪型の男、六道骸は痛むらしい左の側頭部をおさえながら主張して草壁が用意した熱いお茶を一口啜る。
値段も張る良い茶葉でこんな男に出すのは勿体無いと主張したのだが一応客人ですからそれに恭さんと別々に淹れるのも手間ですのでと苦笑されてしまい、結局もてなす形になってしまった。
ここは雲雀の別邸で、同じ敷地内に衣食住をする家があるのだがそこに他人を迎え入れる気はないため専ら来客の応対に使われている。
と言っても雲雀自身が話すことは稀で、いつもは代理として草壁が接客をするための部屋として機能していた。
整えられた広い畳敷きで、装飾はないが決して安物ではないふすまと障子に囲われ、欄間には凝った装飾もある。
他にはそれこそ座布団と茶を置く小さな卓があるだけで何もない空間だがそのように余計なものがない場所を好むのが雲雀の常であり、間取りや置いてあるものが少し異なるだけで本邸もそれほど違った造りにはなっていない。
夏になれば間仕切りや障子を取り払って涼むこともできるのだが生憎と今日は雲が多く重くなったそれが今にも大量の雨を吐き出しそうで、意匠を凝らした庭を愛でることもできず苛々とした気持ちを目の前の男に直接ぶつけるか卓の細工で気を紛らわすしかなかった。
すい、とどこからか飛んできた黄色い小鳥が雲雀の肩口にとまり、不快にならないくらいの音程と音量で鳴く。
人間よりも鳥のほうがよっぽどどうあれば良いのか心得ているらしい。
頭を撫でてやると嬉しそうにヒバリ、ヒバリと呼ぶ。
用がないのなら黙っておいてと嗜めて恨めしそうに見る骸に呆れと苛立ちのこもった視線を投げる。

「お友達って、なってそれからどうするの」

「たまに、一緒にお茶してくれると」

一応月に二回くらい平日に迎えに行けるので、家に電話するのもちょっとあれですしとかもごもご言っている。

「小学生のお友達をひたすら待ってるとか君それで良いの」

確か初恋とか言っていなかったか。
初恋は実らないというジンクスは雲雀でも耳にしたことがある一種その時代を過ぎたものが思い出に浸るための口実だと思っていたのだが、どうやら本当かもしれない。
いや良くはないですがこれ以上どうしたらいいのかと柄にもなくしおらしく振舞う男はまたも雲雀の助言を求めにきてしまったらしい、最初に相談を受けてしまった段階で巻き込まれることは決定していたようなものなのにどうして食事と酒をご馳走されたくらいで許してしまったのだろうと珍しく溜息でも吐きたい心情になった。
あの店の料理も酒も、めったに出会えないほど雲雀の舌に適うものだったことは確かなのだが。

「とりあえず甘いもの以外に共通項を見つけるとか、どうにかして会える時間を増やすとかしてみたら」

それからもう僕のところには来ないで今度その相談をしに来ても君とは口をきかないからねと重ねると、君学生の頃から全く変わりませんねと阿呆みたいに呟かれたのでかろうじて保たれていた雲雀の平静は乱され、あっという間に構えられた仕込みトンファーが無駄に整った形をした顎に渾身の力で叩き込まれた。





昨日は雨が降っていた。
太陽からまっすぐ地面まで向かってくるような光線のせいでアスファルトは乾いていたけれどところどころへこんだり形が変わった場所に水が溜まっているのが面白いのか、子どものスニーカーはぱしゃとときどきそれを探しては底を付けたがる。
メッシュ部分から少し水が浸みたときに汚れた靴先に気がついてこれではかあさんに怒られるかもしれないと少しだけ後悔したように首を傾けて乾いたらわからないだろうかとそこを凝視する。
それでも水溜りを探すのは止められない様子に我慢できずくすくす笑う大人の声にこの付近では一番大きな水溜りの前で止まって振り向く。
知らず靴に付いた泥が見た目には澄んだ水の中でふわりと広がったのに綱吉は気が付かない。

「むくろさん!」

待ち人は今日もその脚の長さに似合う黒くすらりとしパンツに、暑くなってきたからなのか上着を羽織らずぱりりとしたシャツを着こなしていた。
日に透ける髪はやはり黒から濃い青色で綱吉の目にふしぎな眩しさを見せ、そんなところで遊んでいると危ないですよと注意するやわらかでしっとり艶を持つ声が耳をくすぐるように感じられた。

「だいじょぶだよ。つうがくろは車とおんないの」

「ええ。僕も向こうに置いて来ました。でもね、そんなのを無視する大人もいるんですよ」

だから白い線から出てはいけませんと注意する様子は厳しい学校の先生というよりもたまにひそひそ話に興じる児童を優しく嗜める司書の先生みたいに思えるから怖いとは感じずに、さっきの骸と同じようくすくす笑いながらはいと返事をして綱吉は歩道と車道を分ける白線の内側にスニーカーを入れた。
登校時間と下校時間は通学路として使われているこの辺りの交通量が少ないことは骸も知っていて、だからこそ待ち合わせ場所に指定したのだが子どもの好奇心を完全に殺ぐなんてこはできるはずもなく、ぴょこぴょこ揺れる可愛らしい頭に目を細めて眺めおやつの前に公園ででも遊びますかと提案する。
綱吉は強い日差しをやさしげに変えてしまうあまい茶色の瞳の奥、それから表面の体液の膜を張った部分を一緒に輝かせて頷き、骸が背にした小さな公園まで軽やかに駆けていく。
服の裾を跳ね除けた風が子どもらしい汗と陽光と僅かな雨の匂いを残している気がしてそっと深く呼吸してから骸は一秒にも満たない間息を詰めて呼ばれる声に振り向いて微笑む。
呼びかけようとしてちょうど骸を振り仰いだところだった綱吉はそこでびっくりしたように声変わりもまだ遠いような音を更に高くして悲鳴を上げた。

「むくろさんそのケガどーしたの!」

どうやら逆光で顔までははっきりと見えていなかったらしい。
まんまるく目を見開いた綱吉の表情を見てから気が付いたとでも言うように、骸は肌色の大きな絆創膏が貼られた顎の部分をそっとおさえる。

「かっこわるいですよね。ちょっと、怒られてしまいまして」

怒られたというより怒らせたですかねと苦笑する骸の真下まで綱吉は駆けてきて唖然とする、という言葉そのままの顔をしてまじまじとおさえられた部分を見ている。

「おとなでも、おこられるの?」

「ええ。まあ、相手にもよりますが」

僕が知る限りどんなに怒っても相手の急所を狙って殴りかかるのは一人だけですけどねと思い出すための作業とでも言うように右斜め上に視線を飛ばした骸に、綱吉の方は真剣な表情で呼びかけて手招きをした。

「むくろさん、しゃがんでください」

「え?ああ、はい」

背の低い子どもに合わせるように腰を落として何でしょうねと笑った骸の表情は次の瞬間かちんと擬音の付きで固まる。
綱吉の顔が予想以上に近かったこともあるが、さらに頬に手をそえられぐいと引き寄せられたのだ。
零れ落ちんばかりの双眸は怪我をした部分に注がれていたがいつもは努めて見ないようにしている薄い色素ながらもしっかり影を落とす睫毛やまるいかたちに赤みを透かす頬や可愛らしく顔の中心に納まった鼻やほんのり色づく小さな唇までしっかりと目に焼き付けてしまって鼓動が一回、二回三回と続けて大きく跳ねた、跳ねている。

「いたい?」

「もう、二三日前のことなのでそうでもないですよ。痣が残っているのが不恰好で、というか物騒で恐がられてしまうので」

「ほんとに?」

「はい、あの。つ、綱吉くん」

絆創膏の上をそっと指が撫でる。
まるで恐る恐る子猫にでもさわるような手つきで、絆創膏の越しの体温はくすぐったく撫でられてもいない背筋が震える感覚を味わった。
跳ね回った心臓と血管の圧力からどくどくと顔付近の血液の温度が上がり血の気の少ない、むしろないと言われがちな首筋から赤くなっているのを自覚する。

「いたいのいたいの」

とんでけーと綱吉よりももう少し幼い年代の子どもが使うはずのおまじないを傷に向かってそっと唱えて指を放るように離す、いたくなくなるんだよという言葉はまやかしでも子供だましでもなく優しくすとんと降ってくるようだったからはるか年上であるはずの骸も頷かせる力があるようで知らずこくんと首を縦に振っていた。

「ありがとうございます」

「だいじょうぶになった?」

本当は顔に熱が上ってきたせいでその部分まで血が通いじんじんとしていたがまっすぐに視線を合わせる綱吉の鳶色の瞳に射すくめられたままだったから大丈夫ですと口と舌は勝手に動く。
確かめるように続けて触れてくる手に気が狂いそうになって遊びに行かないんですかと必死で気を逸らそうとするが注意深く首を傾げるように覗き込まれて痺れた首や肩ごと電流が走ったようにびくっと大袈裟に震えてしまった。
大人ながら初めて一緒にお茶をしたとき以来醜態ばかりを晒しているようで何から繕っていいのか分からない、あのとかそのとか思い浮かばない何かしらの言葉を必死に紡ごうとしていると満足したのか納得したのか握ったり開いたりしていた手を掴まれて行こうと促される。
引かれるまま立ち上がって付いていくと骸の歩幅ではそれこそ十数歩という距離に子どもの足では少し長い時間がかかって、握り返す心の準備ができるまで繋いでいてほしいと思っている間に綱吉は荷物を置くためなのか公園のベンチの方へ走り出してしまった。
残ったままの感覚をなくしてしまわないようにと擦るみたいにして握り締めてみるが、忘れないのはこの手というよりもいちいち動揺して真っ白になってしまう頭や乱れる心臓の方だろう。

「むくろさんっ。はやく」

「あんまり走るとあぶないですよ」

「うん、これ。うわあっ」

「綱吉くん!」

ブランコに向かった綱吉は雨上がりにできたぬかるみに見事足を取られて転倒した。
慌てて追いついて助け起こすと幸い泥だらけになっているとか顔面まで傷ついているということはない。
しかし地面に付いたらしい右の掌と両膝には泥が付いて痛々しくも血がにじみ、制服のシャツの裾も少々汚れてしまっている。

「大丈夫ですか。とりあえず洗わないと」

「うん。ごめんなさい」

おれドジだからと笑う綱吉の小さな身体を慎重に抱えあげると骸はそのまま立ち上がって近くの水飲み場に足を向け歩き出す。
傷ついてしまった膝や手が服に擦れてしまわないようその動作は素早く要領が良かった。

「わ、あ、あのむくろさんっ」

「危ないですよ」

声を上げて手足をばたばたと揺らす綱吉を低い声で諌めておとなしくさせるときょろきょろと周囲を見回す、果たして水道と一体になっている水飲み場はすぐ側にあった。
公園の中心にあるそれの周りには座ることもできるように石の椅子がいくつか設置してあり骸はそこに慎重に綱吉を下ろすと真剣に傷を検分し、ちょっとすみませんと言って履いていた靴と靴下を手際よく脱がしてから流水で手を洗わせて膝にも水をかける。
さきほどのことを忘れてしまったかのように夢中になって傷口から泥を落としてそこからじわりと湧く血に眉根を寄せて雑菌が入ってしまわないといいのですがと呟いたところでやっと気が付いたとでも言うようにはっと顔を上げた。

「す、すみません勝手に!」

「あの、いいえ。ありがとうございます」

制服の短いズボンを履いて素足になった綱吉の膝から下は水をかけたせいでびしょびしょに濡れ、つま先から透明なのか血や泥が混じって茶色いのか背景が土色で判別しがたい雫がぽたりぽたりと伝っては落ちて地面に小さな染みを作っていく。
それはとにかく傷口を洗わなければと必死になっていたところから戻ってきた骸の目には随分と淫猥なものに映った。
映ってしまってからはなんてことを大人として間違った行動はとっていない筈であるのに目が回るかというくらいに突然頭が混乱の渦に巻き込まれて、やっと冷静になっていた頭にまた血が上っていく。
いくら一目惚れをしてしまったとはいえ、子ども相手に駆け巡った自分の思考はまともではないように思えた。

「むくろさん?」

「車に、タオルがあったと思います。とってきますから」

とりあえずこの場を離れて頭を冷やさなければととろうとした行動は服の裾が何かに引っ張られるようにされたことで阻害された。
綱吉がぎゅっと骸のシャツを握っていたのだ。
皺が寄っているものの利き手ではないからなのかそれとも純粋に力の差なのかその握力は弱くおそらく骸が振り払えば簡単に外れてしまうだろうが顔に触れられたときと同様動けない強制力があるような気がして瞠目したまま立ち上がりかけた姿勢を崩すことができない。

「さっきみたいにしてつれてってください」

「え」

「ここだとどろはいっちゃうよ。むくろさんの車じゃだめなの?」

さっきみたいに。
その言葉で更に自分の取った行動を追想した骸は自分の身体に残る軽くやわらかな感覚やふわふわと首元をくすぐる猫の毛のような髪の感触、それから風と一緒に吸い込んだのと同じ匂いを知らしめられることになった。
少しの時間とはいえ自分は綱吉の身体をこの腕に抱いていたのだ。
しかも綱吉はもう一度そうしろと言う。
自分がどんなふうに見られているのか知らないからそんなことが言えるのだと思ったがまさかここで彼を恋愛対象として好きでいることやどんな欲望を抱いたかなどを伝えられるはずもない。

「ね?」

傾けられた首から垣間見えるうっすらとした鎖骨やかかってしまったのかいくつか水滴を付けた太腿がそんなはずはないのに誘っているように見えて、吸い付いたら甘いのかと脳の内側から本能が囁くような、そんな錯覚を覚えてしまう。

「あの、ランドセルが。君の」

言い訳のように置きっぱなしにしたらだめでしょうと伝えると少しうんうん悩んだ綱吉が告げたのはじゃあここで待ってるという言葉ではなく、だっこしたらおれのおなかにのせてねという提案だった。

「は、い。手を、気をつけてくださいね」

「うん」

後悔したときにはすでに飲まれるように頷いていて、お腹に乗せてということはさっきのようないわゆる向かい合って抱えあげるという形ではなく横抱きにして運ぶということではないだろうかと思い至って、少々の移動ではなく駐車場の車まで連れて行かなければならないのだから当然といえば当然だというのに胃がきりきりと絞り上げられるような緊張と背中を伝う汗を感じる。
さっきは慌てていたためにどうやったか全く覚えていない。
肩に手を添えて膝の裏を持ち上げればいいと分かってはいても震えて汗で滑る手が彼をと取り落としてしまうかもしれないだとか言い訳にならない言い訳ばかりが頭を支配していく。
怖々肩に触れると水をかけたせいで濡れていたのか白いシャツにじわりと水分が浸み込んでしまい咄嗟に手を引いて謝る。

「すみません」

「いいよ。ここもふいてね。むくろさんあやまってばっかだ」

ころんだのおれだよと笑う綱吉はもう痛みも忘れて楽しんでいるように見えた。

「そんなふうにからかう子は落としますよ?」

ええいままよと抱き上げた身体はやはり子どもらしく小さく軽く、しかし腕にやわらかさを伝えるくらいの重みはあって必死に考えないよう左右に振ってふざけたふりをする。
綱吉は面白いのかきゃっきゃと興奮した高い声をあげてランドセルを乗せると言ってもお腹を抱えたままでいたのでしかたなくそのまま靴と一緒に持って歩いた。

「ごめんなさい。遊ぼうって言ってくれたのに」

大きな瞳は名残惜しげにブランコやらすべり台を横目で見る。
今の子どもは公園であるものよりも携帯ゲームや最新式のおもちゃで遊ぶ方が好きだとテレビや電車に乗ったときに見かける知識で思っていたのに意外だったが、もしかしたらそんなに極端ではないのかもしれない。

「今度は地面が乾いているときにしましょうか」

次の約束が嬉しかったのがうん、と元気に首を縦に振った綱吉はむくろさんってやっぱいいにおいするーっと骸の胸元に顔を擦り付けるように寄せる。
突然のことに動揺しても何とか腕の中の大切なものを落としてしまうことだけは避けたが擦り付けられる顔をどける手はそのせいで塞がっているからどうすることもできない。

「つ、つなよしくん。あんまり見ず知らずの大人にそんなことを」

何をするか分からないのにという叫びは心の中でとどめたけれど、もし綱吉が誰彼かまわずこんなことをしているなら問題だと思うのは本気だった。
こんなに可愛くて魅力的なのにと思う骸は自分がすでに綱吉をただの子どもとしてみる目をなくしていることにほとんど自覚がない。

「むくろさんは見ず知らずじゃないよ」

お友達でしょと問われればそうですけれどと答えるしかなかった。





「いたあっ」

「あっ、すみま」

謝ろうとした口がぱふんとすでに絆創膏の貼られた右の掌で押さえられる。
雲雀に殴られたおかげというかせいでというのか、車に消毒液と大きめの絆創膏を買ってそのまま置いていたのは幸運だった。
後部座席で濡れてしまったシャツや脚の水分を拭き取ってとりあえず右手だけは処置を済ませたところで、体育座りをするようにした綱吉に半ば覆いかぶさるようになっている骸がすりむいた膝に消毒液をかけたところだ。
日差しで社内に熱がこもらないようにと木が枝を伸ばす場所に駐車できたときには運が良かったと思ったというのに影になったところでこんな体勢でいるのは何かいけないことをしているようで、膝が曲げられているためにちらちらと視界に映る白い大腿の内側を妙に意識してしまう。
小学生というのはどうしてこんなに短いズボンを履いているのかとか、そんなことに憎らしさを覚えるくらいに。
消毒液がしみるのかぴくんぴくんと脚が揺れ、それが妙な艶かしさを持っているという感想を持った骸は自分の頭はおかしいのではないかと無意識に奥歯を食いしばる。
今まで生きてきたなかで性欲を全く感じなかったと言えば嘘になるけれど突き動かされるような衝動を特定の個人に感じたのは初めてのことで、ただそれから逃げるように考えないようにするしか対応できなかったから結果的に口をつくのが謝罪ばかりになってしまっていた。

「おれ、これくらいがまんできる」

「えらいですね。もう少しですよ」

今度は注意深く垂らして広げるためにふうと息をかけるとまた綱吉の身体が揺れた。
痛みからなのか、目尻に顔を覗かせた涙を舐め取りたいと騒ぐ本能を無視してタオルの乾いた部分で額に浮いた汗と一緒にぬぐってやり、それから膝には手早く絆創膏を貼って終わりであることを告げる。
これ以上まともに見てしまえば本当に何をするか自分でもわからない。

「むくろさんとおそろい」

顎の絆創膏を触る手にはやや大きすぎるくらいの同じ形の絆創膏、焦って貼ったせいか何事も器用であるはずの骸の仕事としては不恰好に歪んでいるし皺も寄っていて重ねて謝りたくなってしまう。

「痛くはないですか?あ、足首とか手首は捻ってませんか?」

「いたい」

「えっ」

どこですかと慌てる骸にぷっと噴き出した子どもがこことこことここ、と不恰好な応急処置が施された場所を指差す。

「むくろさんとおそろいだからいっしょのことやってもらわないと良くなんないんだよ」

しばらく何事かと考え込んだ骸が出した答えはもう大人がするには、しかも子持ちでもなんでもない二十五の男がするには随分恥ずかしいことだった。
それはあのと別の意味で顔を赤らめる骸に分かっているのか綱吉はだれも見てないからだいじょぶだよとないしょ話をするようにそっと囁きかける、それがどれほどの効力を、破壊力を持つものかというのも知らないで。
自分よりずっと小さく年齢も経験も未熟であるはずなのに彼は自分を翻弄してばかりだと恨めしく思う反面、湧き上がる何かが骸の心臓をくすぐっている。
となえたおまじないは一回ではお許しが出ずにちゃんと三回するまで運転席には行かせてもらえなかった。



今日のおやつは中止にして家に送ると言った骸にもう大丈夫だから絶対に連れて行かなくてはだめだと主張する綱吉の攻防はやはり骸が折れるかたちになり、喫茶店の予定を変更して座敷のある和菓子の店に行くことになった。
帰りに土産のお団子と一緒に骸が買ったその店で一番高級な菓子折りは雲雀のところに届けられることになる。













公園なのに遊具スルーですみません(謝るのはそこだけか)



200906018