なみもりこうこうのじけんぼ・に
授業が終わって携帯を開くとメールが一件、凪からだった。
『放課後売店前』
本当に短い用件だけの文章が俺と獄寺くんと山本にまとめて送信されていた。
そういえば彼女からメールをもらうのは初めてで、それがこれというのもなんかちょっと悲しい。
うんまあ俺のただでさえ登録件数の少ないアドレス帳に女の子の名前があるというだけでもよしとしなくちゃいけないだろう。
鞄にとりあえず宿題の出ていた数学と英語と古典の教科書だけをつっこんで、友達への挨拶もそこそこに教室を出ることにする。
「さーわーだー」
肩を結構な力で掴まれて一瞬驚いた。
てか場数は踏んできた筈なのに全くの素人の接近に気が付かない俺ってどうなの。
「何、ゆき」
「その名を呼ぶな!」
呼ぶなって名字じゃん。
肩を掴んだのは数少ない友達の一人の由紀だった。
名字が女の子の名前みたいなのが気に入らないらしく、ことあるごとに『大介と呼べ』と強要してくる。
けれどクラスで守るやつはいないし、どころかゆきちゃんなんてあだ名で呼ぶやつもいるので俺も特に気にしない。
「沢田、お前文化祭の準備から逃げる気か」
何故か恨めしげな声で言われる。確かに由紀は実行委員なのでいろいろと準備があるかもしれないが、他のクラスメイトも俺もぶっちゃけそんなにやることはない。
演劇とかお化け屋敷なんていう凝ったことをするわけではないのだから。
「何か準備あった?俺今日用事あるんだけど」
そう言うと由紀は崩れ落ちるように床に座り込み、ひどい沢田くんっなんて大げさにしなを作った。
こういうことをやっても笑ってすまされるクラスのいじられ役で人気者だった。
「今日採寸の日じゃないっ。忘れるなんて!」
「採寸?」
俺のクラスはベタに喫茶店をやるらしいのだがケーキやクッキーなどのメニューに力を入れて、その分服装はシンプルにいこうとかいう話でまとまったはずだった。
いくら授業中時々意識が旅に出ているからといって、そういうときはさすがに俺だって起きている。
いない間に勝手に話が変わってしまったのだろうか。
それってちょっと疎外感。
「あれ?沢田まじで聞いてないの。おーい益田ー、沢田違うのかよー」
勝手に寂しくなっていると由紀は教室の奥にたまっていた女子の一人を呼んだ。
ポニーテールに結った茶色い頭がぴょこんと飛び出て、立ち上がった益田さんが小走りでやってきた。
彼女と俺は全く喋ったことがない。
というより京子ちゃんも黒川も別のクラスになってしまったから女子との交流に関して言えば中学と大差ない、つまり会話さえほぼ皆無に等しい。
何を言われるのかつい身構えてしまう。
「違う違う。あのときは沢田君華奢だし童顔だからあんた達よりましじゃないって言ったの。ごめんね沢田君。材料費とか頑張って浮かせたから長く店番する人は衣装作ろうかって話になってその時勘違いしちゃったみたいなの。犠牲者はゆきちゃんと村山だけだから大丈夫よ」
「え、あ、うん?よくわからないけどもう行っていい?」
犠牲者というからには変な衣装とか着せられてしまうのだろうか。
由紀と村山は実行委員だから必然的にそうなってしまったのかもしれないけど二人だけというのがなんとも罰ゲームっぽくて可哀想だ。
あと童顔でもやしっ子なのは自他共に認めるところではあるけれど女子にもそう思われているのはちょっと悲しい。
「いかないでー、僕を捨てないで沢田ー!」
益田さんが申し訳なさそうに頷くのを確認して足を踏み出すと、足首の辺りにしがみ付いてくる由紀の手。
どうでもいいけどそんなところに寝転がったら制服が汚れるんじゃないだろうか。
「てめえ、十代目から離れろ!」
由紀の頭上に上靴を履いた男子、というか獄寺君の足が容赦なく振り下ろされた。
真面目に考えると下顎を床に強打してしまう最悪の攻撃である。
ところが割と平気だったらしい由紀はなにすんだ獄寺このやろーと元気に起き上がる。
制服はやっぱりちょっと汚れてしまっていた。
獄寺君はそんな由紀に見向きもせずに、無事ですかとか何もされてませんかとか高校生になってもやっぱりどこかずれたことを言ってくる。
「うん。もう行こうと思ってたとこ。大丈夫だよ」
多分俺が遅いから迎えに来てくれたんだろう。
そう言うと獄寺君は由紀を睨みつけたあとにっこり笑ってさっさと連れ出そうと廊下へと促した。
「獄寺お前せめて謝れよ!」
「まあまあいいじゃない。はい由紀ばんざーい」
「ばんざーい」
「あら、やっぱり男の子ってウエスト太いのね」
「そりゃそうだ。俺は鍛えてるからな!」
「それはそれは。すごいすごい」
さすが同い年とは思えない手腕でクラスを纏め上げている益田さんは、上手に話題を逸らして俺たちを逃がしてくれた。
熱気のこもった教室から廊下に出ると感じる冷たい空気が心地いい。
「それにしても十代目のクラスは何か特別なことでもされるんですか?」
「ああ、なんか実行委員の男子がやるみたいだよ。さっきのはその勧誘みたいなもん」
「十代目を巻き込もうとするとは畏れ多いやつめ」
あんまり怒りを買わないようにやんわり話したつもりだったのにやっぱり気に障ったらしい。
獄寺君はシルバーアクセサリーを大量に付けた拳を握り締めた。
あれで殴られたら痛いだろうなあ。
その前に獄寺君ならダイナマイトか。
「獄寺君とこはお化け屋敷だっけ?」
「そうです。ああいうのは寄ってくるからやめろっていってんのに実行委員のやつらが面白がって聞かないんスよ」
そう言えば獄寺君はオカルトとかUMAを妙に信仰してるんだっけ。
それにしても寄ってくるって、百物語か何かと間違えてるんだろうか。
「お化けとかやらないの?」
「冗談じゃねーっスよ。俺は交代制の呼び込みと受付だけ手伝うことにしました」
獄寺君が呼び込みなら女の子は黙ってたって付いてくるだろうからクラスの人たちも文句ないのかもな。
話しながら歩いていると既に閉まっている売店のシャッターが見えてきた。
その前はちょっとした待合室みたいになっていて、長椅子が何脚か設置してある。
俺たちが歩いてくるのを見つけた山本が大きく手を振って、後の三人は見ただけで無反応だった。
「おせーぞ、ツナ」
山本はいつも通りにこにことして言った。
あんまり怒られてる感じもしないから俺も苦笑いして謝ってから軽く事情を説明する。
「なんだろーな。楽しそうだからやってくりゃいいのに」
「馬鹿か。それじゃあこっちの時間がなくなるだろうが。何のために集まってると思ってんだ」
山本と獄寺君の言い合いが始まると話が噛み合わなくて最終的に喧嘩なのか何なのかよくわかんないことになるから、止めるというより話を逸らすことにした。
「凪、メールありがとうね。何か分かりました?」
凪にお礼を言ってから後の言葉は千種さんに向けて。
集めた情報とかのまとめは千種さんが管理してくれている。
パソコンでデータ編集してるなんて何だかほんとっぽいとか子どものような感想を持ったことは黙っておいた。
彼が開いていたパソコンを俺の方に向けると、言い合っていた二人も揃ってその画面を覗き込んだ。
「だいたいの事件と、それについての聞き込みをまとめて表にしておいた。生徒会は骸様から、風紀委員は草壁からの情報提供だ」
「この三日くらいでも増えてるんだね」
骸から依頼のようなものを受けて三日、その間にも盗難事件は続いていた。
例えば近所のスーパーから目貼り用に持ってきた大量のダンボールとか、呼び込み用の看板とか。
俺のクラスからはカメの餌がなくなっていたけどさすがにそれは関係ないだろう。
それからこの盗難事件というか、文化祭関連のものが保管場所から次々と消えるという怪現象のことが少しずつ噂になってきているらしいことも分かってきた。
量とか頻度が半端ではないから当然といえば当然のことかもしれない。
「なんつーか本当に文化祭関連ばっかりっスね。ダンボールなんてどこに隠してんだ?」
「隠しているとは限らないよ。それこそごみ捨て場に持っていってしまえばわからない」
「でもこれで六道が言ってた複数犯?っての決定的になったんじゃね。こんなん一人じゃかさばって運べねーよ」
「持っていくところはどうして見られてないのかしら」
「ん。それはあれだろ。多分夜じゃなくて朝早く来てやったんだ。夜は今結構人残ってるからなー。逆に朝練とか来てる奴は少ないし」
「そう言うお前は見てねーんらな?」
「ははっ。野球やってるときって周りが目に入んねーんだよな」
「役に立たないびょん」
皆がそうやって話している間に俺はパソコンのリストをぼんやりと眺めていた。
なんだか違和感があるような気がしたのだ。
違和感というよりは盗まれているものに脈絡めいたものが見えてきたような。
脈絡?
「ねえ。これやったからって文化祭中止になるかな?」
唐突な俺の言葉に他の5人はそろってこちらに視線を集中させる。
何を言っているのだか分からないという風に凪がこてんと首を傾けた。
「いや、これじゃあ妨害工作っていうよりただ文化祭の準備してるだけだなって」
生徒会のことがあるから骸への嫌がらせを含めた文化祭への妨害行為のように見えていたけれど、考えてみれば盗まれているものはほとんど全部文化祭の準備のために用意されたもの、つまりその中から必要なものを選んで持っていけば準備のための道具になるということじゃないか。
「それだとわざわざ盗んでいく理由がわかんないっすね。暗幕は申請すれば使えるし、ダンボールなんてどこででも貰える。小物なんかも買えば済みますし」
「まあ、そうだよね」
獄寺君が至極もっともな意見を言った。
こんなことを言っては失礼かも知れないが、たかが文化祭のためだけに骸や雲雀さんに見つかるかもしれない危険を冒してまで盗みを働く理由はないように思える。
「そうかあ。違ったか」
ちょっと気が抜けた俺は首の関節を鳴らして溜め息をついた。
「いや。でも沢田の視点は悪くないかもしれない」
千種さんが眼鏡を押し上げながらパソコンを操作して俺の発言をメモした。
いつもならクラスでも家庭でも(こちらは主に家庭教師によって)黙殺されがちな俺の意見を取り入れてくれるのは嬉しい。
「やっぱ集まってやってもあんま進展ねーな。動いた方が性に合ってんだけどなー」
山本が苦笑しながら伸びをした。
確かにここにいるメンバーで頭脳労働が得意なのは獄寺君と千種さんくらいだろう。
犬さんなんて早くも飽きてきたのか近くの自販機でどのジュースを買おうか真剣に悩んでいた。
「聞き込みでも行く?」
なんとなく発言してはみたものの、今はちょうど部活が始まって帰宅部生は帰り始めてしまった時間だ。
聞き込みをするにはあまり向かないだろう。
かと言ってこのまま帰るのも随分手応えがないような気がする。
こういうのは地道な調査が大事だって言うけど、物事が進まないとやる気が出ないのは俺が根っからの面倒くさがりで飽き性だからだろうか。
「あ、じゃあ運動部で自主練してるやつらんとこ行くってのはどーすか?野球バカみたいに朝練してるやつらがいるかもしれねーし、自主練中なら聞き込みくらい大丈夫っスよ」
※
獄寺君の一言で俺たちは文化祭準備期間で閑散としたグラウンドに出てきた。
どうやら進まない話し合いをこれ以上しても何にもならないと感じたのは俺だけじゃなかったらしい。
犬さんはさっき買った紙パックのオレンジジュースをもう飲み終わってしまったのかゴミ箱に投げ捨て、サッカーボールを蹴っている集団に駆け出した。
「あ、犬」
「あいつ元気なのなー」
「え。ちょっと大丈夫なの」
骸同様高校になってから暴れたなんて話は聞いていないが、千種さんや凪と違って犬さんは随分気性が荒い。
喧嘩にでもなってなんとかチャンネルとか出されたら止めるのもきっと一苦労だ。
「爪でボールを壊さなければな」
千種さんが口癖の「めんどい」とともに眼鏡を押し上げた。
それだけかよ。
恐る恐る視線を戻すと、犬さんはパス途中だったボールと奪い、華麗にゴールを決めたところだった。
多分味方チームだろう選手たちとハイタッチ。
「なかよし?」
凪がぽそりと呟く。
「俺もまぜてくれっかなー」
「遊びに来たんじゃねーんだぞ」
どうやら自主練ともいえない自主練だったらしく、サッカー部らしき人たちは犬さんを加えたまま試合を再開した。
能力を使っていないせいかそれとも周りに合わせているのか、よく跳ねる姿が目立つのと制服に違和感があるだけですでに馴染んでいる。
「まだ部活やってる人多いと思ってたけどそうでもないんだね」
グラウンドは閑散としている。
大会は夏で終わってしまった所が多いのかもしれない。
あと文化祭の浮かれ気分は運動部でも変わらないのだろう。
「サッカー部とあと陸上部、おーちょっと野球部の連中もいるな。俺が話聞いてくるわ」
山本はキャッチボールや素振りをしている数人に向かってのんびりと歩き出した。
俺は左右に視線を彷徨わせて「陸上部に行ってみる?」と誰にともなく言った。
陸上部の人たちはサッカー部や野球部と違ってきちんとユニフォームを着て掛け声とともに練習している。
顧問の教師こそ居ないがその様子から気軽に入っていける状況とは言えないけれど、このまま二人が帰ってくるのをぼうっと待っているのも落ち着かない。
「休憩になったらでいい。それより、裏庭にたまり場に行こう」
千種さんは俺があえて考えないようにしていたことを指摘した。
裏庭は風紀委員会の監視のおかげで非行こそ表立ってはしないが、ガラの悪い上級生がたむろしていることで有名な場所だ。
並校生の中では登下校でも休み時間さえも裏庭は通らないのは暗黙の了解で、俺もほとんど近づいたことはない。
「あそこ怖いって」
「問題ない。あの程度」
「そうっすよ。十代目なら一発です」
「ボス、がんばって」
俺が行くのかよ。
ダメツナのあだ名を返上しつつあるとはいえ並高での俺はあくまで一般人だ。
例え今まで戦ってきた人たちが不良なんて目じゃないくらい強かったとしても怖いものは怖い。
押されたり引っ張ったりされて裏庭に到着すると、強面の上級生たちがベンチの周りでうだうだと喋っていた。
とりあえず隠れて様子を窺うことにしてしゃがみこむ。
まあびびってるだけなんだけどさ。
「ねーねー文化祭どーするよー」
「んあ。お前行く気かよ」
「参加しねーとまた殴られるんじゃね?そうだろ?」
「人多いのに分かるかよ。私服で黒曜のゲーセンいこうぜ」
「あいつら写真付きの名簿持って張ってんじゃなかったっけ」
それって盗まれたっていってた名簿のことかな。
大したものじゃないって草壁さん言ってたみたいだけど、結構重要書類?
「くそ。雲雀はいつから高校生になる気になったんだよ。こだわってたわりにあっさり卒業しやがって」
確かに。
いや、今でも並中には通っているらしいけど。
ただ縄張りを高校にまで広めたかっただけかもしれない。
あの人って本当動物っぽいよな。
そんなことをつらつら考えながら足は動かない俺だった。
後ろからせっつかれてもこればっかりはしょうがない。
証言集めという名目で盗み聴きを続けていると、今まで声を発していなかった人物が声を上げた。
周りと比べていくらか気が弱そうに見える、少しぽっちゃりした人だ。
「あのさ、風紀委員の名簿あるから買わないかって言ってきたヤツいたんだけど」
気が弱そうな外見相応に小さな声だったけれども、離れたところにいた俺たちにもはっきりと聞こえた。
「はあ?誰だよ。てか買ってどうすんだよ」
「いや。誰かわかんないんだけど。俺のメールアドレス知ってたらしくて2、3日前にメールが来てさ。それってその写真付きの名簿のことじゃない?」
彼の発言に下を向いていた人は顔を上げて、元々彼を見ていた人も目を大きくして口を開けた。
「あ」
「おい、それは本当かてめえ」
後ろから驚いたような凪の声がして、諌めようと振り向いた俺の横を颯爽と過ぎる影。
我慢できずに飛び出した獄寺君だった。
「え」
「幾らで売ると言ってきたんだ」
「えっと。一人分三千円だけど。買わないなら風紀委員に返すって、いたっ」
「おい何喋ってんだよ。お前は盗み聴きしてんじゃねえよ」
リーダー格らしい大柄の上級生が気の弱そうな人を殴って、獄寺君を睨み付けた。
怖い怖すぎる。
俺と千種さんと凪はまだ隠れたまま震えていた。
間違えた。
震えてるのは俺だけだ。
「俺たちは今その盗難事件について調べてるんだ。つべこべ言わず事情を全て十代目にお教えしろ!」
思いっきり隠れている俺たちの方を示して言う獄寺君。
うん。
君が飛び出していったときからこうなることは分かっていたけどさ。
俺はしぶしぶ立ち上がって姿をあらわし、すみません事情を話していただけるとありがたいんですけどと遠慮がちに言った。
当然、さらに睨まれる。
すくみあがった俺の後ろから千種さんと凪も出てきた。
「獄寺、浅薄」
「んだよ。手がかりがあるってわかったんだからいいだろ」
「めんどい」
千種さんは獄寺君を小突いて溜息。
それからポケットに手を入れて少し上級生の集団に近づいた。
凪も持っていた鞄を胸の前に抱え上げる。
もしかして戦闘準備だろうか。
ヨーヨーならまだ誤魔化しが効くかもしれないけど、ダイナマイトや三叉槍なんて凶器以外に使い道がない。
「あ、あの。その名簿風紀委員会から盗まれたものらしくて。持ってたらあなたたちが危ないかもしれないですよ?」
暴力沙汰をできるだけ避けたい俺上級生たちに向かって言い募る。
ここで上手く立ち回ることができれば風紀委員会の名簿も、メールの送り主のアドレスも手に入るかもしれない。
上手くできれば、だけど。
「持ってたっててめえらが風紀に言わなきゃ良いことだろ」
「それにー俺たちが買わなきゃじきに戻るんだからぁ。気にするなよー」
いやまあそれは確かにそうなんだけど。
そうなってしまうと盗みの犯人の手がかりがなくなってしまうわけで。
「そこをなんとか」
「しつこいな。てかお前誰だよ」
「あれだろ。六道骸のお気に入りだろ。一年の。えっと、沢村?そうだろ?」
「沢田です」
「眼鏡と女は見たことあんなー。妹だっけ?かわいー」
やたら語尾を伸ばす癖があるらしい金髪の人が凪を見てにやにやしている。
凪はかわいいから変な輩にやたらと追いかけられるんですという骸の言葉を思い出す。
危ない。
もちろん金髪の上級生がだ。
どうしようかおろおろしていると、さっきの気弱そうな人と目が合った。
困ったように笑う彼に期待したけれど、リーダー格の人に睨まれて協力は失敗してしまう。
「てめえら、調子に乗ってっとタダじゃおかねえぞ」
「獄寺君待って」
「ですが十代目」
「派手にやると騒動になるよ」
宥めてくれてありがとう千種さん。
って待てそれってこっそりやるってことか。
「千種、手伝う」
「わーちょっとそれはだめっ」
凪が取り出そうとした三叉槍を辛うじて仕舞わせる。
場の空気は言うまでもなく険悪だけどここから和ませるなんて高等技術や話術を俺が持っているはずもなく、かといって戦闘をするわけにはいかない。
間違いなく相手は大怪我、全員入院なんてこともありえない話ではないのだから。
「面白そうな話をしているね」
降ってきた声と舞い降りた黒い影は天使だったのか悪魔だったのか。
閻魔さまとかぴったりかもしれないなあほら魔王は別に居るからね。
あれ、でも仏教ならあっちだよなって駄目だ俺めちゃくちゃ混乱してる。
影はというか雲雀さんはほどんど衝撃もないように華麗に着地、学ランが遅れてふわりと肩におりた。
「ひひひひばりさん」
「名前もまともに呼べないの。それにこんなに群れて、僕に喧嘩を売っているのかな」
「これは、その」
「風紀委員会から盗まれた名簿って何」
ちょっと微笑んでいるのがやたらに怖い。
どうやら話を聞かれていたらしいけれど、事情を話すと長くなってしまうだろう。
その間この人は待っていてくれるのだろうか。
「雲の人、その人たち文化祭に出ないつもりみたいなの。でも風紀委員会の名簿が邪魔だったらしくて。私たちは文化祭の為の物が最近たくさん盗まれているから調査してたんだけど、名簿を買うかどうか話しているのを聞いたから」
「君はいつになったら僕の名前を覚えるの。それにどうして名簿が盗まれたって知ってたの」
「恭弥?骸様がそうおっしゃったから」
「呼び捨てとはいい度胸だね。六道ってことは草壁か」
なんと話し出したのは普段言葉少なな凪だった。
雲雀さんも心なしか優しいような気がする。
名前呼び捨てられても怒っていないみたいだし。
そういえばこの人動物とかには優しいし、女の子はあんまり殴らないよな。
この可能性はちょっと考えられないような気がするけれどもしかしてもしかしなくても仲良しなのだろうか。
千種さんの表情は分からないが、獄寺君は明らかに気持ち悪いものでも見たような顔をしているし、上級生の不良たちも固まっている。
「事情はわかったよ。とりあえず君たちは咬み殺してから事情を聴くから。物足りなかったら君たちにも相手をしてもらうからね」
最初は上級生に、後の言葉は俺たちに向かって言って雲雀さんは仕込みトンファーをじゃきんと構えた。
相変わらず隙の無い構えには惚れ惚れするけれどもできれば上級生への制裁だけにして欲しい。
多分凪は被害を免れるだろうけれど千種さんはめんどいとか何とか言ってさっさと戦線離脱しそうだし、獄寺君が相手をしてしまったらそこにある壁とかなんとか色々なものが抉れてしまって収集がつかなくなってしまうだろう。
雲雀さんを抑えるなら同じ中近距離タイプの山本とか、どうも戦意を削がれるらしい了平お兄さんが最適なんだけれども今はいないし。
グラウンドまで走って山本を呼んで来ようかとか考えている間に上級生たちは着々と片付けられていく。
もうちょっと踏ん張って下さい先輩。
「ここに居たのかツナーってあれ?どうしたんだよヒバリまで」
「なんら?うさちゃん遊んでんの?」
「んなわけないだろちょっとこっちきてこの人止めてよ山本!」
「おーやるかヒバリっ」
「君が相手か。ちょっとは楽しませてよね」
最終的にメールアドレスを聞き出すことには成功したけれど、労力には見合わなかった気がする。
これは後で聞いたことなんだけど草壁さん以下風紀委員の人たちもこってり「叱られた」らしい。
骸に文句を言いにいったらひとしきり笑われてから「お詫びとお礼はまとめてしますからもうちょっと頑張ってくださいね」とか他人事のように言われた。
獄寺君は殴りかかっていたけれど山本は怪我もしたのになぜか笑ってた。
もうちょっと怒っても良いような気がするんだけど。
こんなことで犯人なんか見つけ出せるのか、俺正直不安になってきたよ。
20081215
収集つかねー
さん、に続きます。