おたくほうもん
もう見慣れてしまった黒く厚みのあるドアを開けたのは、まったく見慣れない少年だった。
漆黒で艶のある髪に少し青の混じったような瞳の色をしている。
格好は白いTシャツにブラックジーンズというシンプルなものだし、容姿もそんなに派手ではないのだが、どこか目を引く美しさがあった。
「どうぞ」
(ううん、さすが骸、綺麗なの見つけてくるなあ)
「あなたが沢田綱吉さん?」
呆けていると少年は訝しげな、ともすれば馬鹿にしたような目を向けてきた。
まあそんなものにはすでに慣れている綱吉だったので気にせず笑う。
「うん、えとグイド君?初めまして」
「今は六道レオです」
辛うじて聞こえるくらいの声で初めましてと返した少年はつっけんどんな態度で目を逸らし自己紹介をした。
「どっちで呼べばいい?本名は」
「どちらでも。本名はグイド・グレコ」
そっけない。
ものすごくそっけない。
同じくここに住んでいる柿本千種のように関わることやしゃべることを面倒そうなのでも、城島犬のようにあからさまな敵意を向けてくるわけでもない。
凪のように元から無口で口下手という印象も受けないので、嫌われているのだろうかと思ったのだが、逢って数秒でそれはないだろう。
顔と名前が一致するくらいの情報量からここの主からある程度の話は聞いているのはわかるが。
なんだろう、この感じは。
(忌々しそう?)
敵意とか憎しみみたいな強い感情ではなくて、ささくれ立ったような、受け容れ難い、とでもいうような視線と態度だった。
(なんかちょっとあいつに似てんのかなあ)
そう思った瞬間に少年がかわいらしいような気がして綱吉は困ったように眉根を寄せて苦笑した。
「じゃあグイド君ね。上がっていい?」
お世辞にも友好的な態度ではないという自覚はあるらしく、ただ困ったような、まるで許容するような笑みをもらした綱吉にグイドは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、さっきどうぞと言いましたと捨て置いて、くるりと背を向けてリビングへ続く長い廊下を歩き出した。
廊下の右手には風呂場や洗面所が並び、左手にはプライベートルームが三つ。
確か一番玄関側が千種、次が犬で三つ目が空き部屋だったことを思い出した綱吉は、グイドは今そこを使っているのだろうと当たりをつけた。
ちなみに家主と凪はリビングからつながる個室がそれぞれある。
それならリビングに向かわずに部屋に戻るだけかもしれない。
(それはちょっと寂しいなあ)
綱吉が靴を脱ぎ、綺麗に揃えてすでに綱吉専用になりつつあるアイボリーにピンクのうさぎが一匹付いたスリッパを履く間に、グイドはリビングへ続く扉に手を掛けた。
どうやら案内はちゃんとしてくれるらしい。
待っていてはくれないみたいだが。
振り向きもせず、扉が一瞬の躊躇もなく閉まる直前で綱吉はその縁をひっつかんだ。
少年は嫌そうでも嬉しそうでもなくしいていうならどうでも良さそうな顔をして扉から力を抜いた。
別に嫌がらせを趣味とするでも苛立ったからそうしたわけでもなく、閉まっていたらまた開けて入れということなのだろうが
、客に対する礼儀としてはなっていない。
昔から母親がなぜかそういうところには厳しかった綱吉にとっては気になる所ではあったが、そ
の辺は家主で今は少年の扶養者である人物が注意してくれるらしい。
「グイド、僕はお客を案内するように言いました。開けたら待っておくんですよ。こんにちは綱吉。ようこそ」
「偉そう」
「わ、ちょ、え?お、おじゃまします」
お茶を用意していたらしくティーセット一式が載ったお盆を持って、この家の主、六道骸がキッチンから顔を出した。
ちなみにリビングに入って右側がダイニング、そこから直角に曲がってキッチンがある。
ダイニングをつっきった所にあるのが凪の部屋だ。
正面にはテーブルとどでかいソファ、テレビは大型液晶でオーディオセットも充実しているが、ここの住人はテレビも見
ないしDVDなどは各々で楽しむため宝の持ち腐れである。
もっぱら集まって遊ぶときのゲーム画面としてしか機能していない。
そして左手が骸の部屋でもちろん一番広い。
高校生が世帯主でこんな豪邸を借りられる道理もないが、綱吉が尋ねたところ、能力とかカネとかコ
ネとか脅しとかでなんとかなるんですよと片目を瞑って微笑まれた。
少しどころではなく犯罪の匂いがした。
(え、ちょっと待って偉そうって骸に言った?どういうこと?)
混乱している綱吉を見て少しだけ口角を上げた骸はソファを勧めてティーセットをテーブルに置いた。
「グイドはちょっと他の子たちと事情が違うんです」
とそれだけ言う。
綱吉にしてもこの家の住人は揃いも揃って骸を崇拝しているからこのグイドという子も当然そうなのだろうと思い込んでいたが、どうやら違うらしい。
「ただ年上に対して礼儀がなっていないのと客の案内もできないようでは僕が困るので躾ている最中です。
今のは僕への態度も含めて減点ですよ。今日は風呂掃除を犬と代わりなさい」
「俺まともだと思うんだけど。その人俺の客じゃない」
注意する骸に対してもあまり動じていないようだ。
しかも躾の方法が減点制で家事を請け負うだなんてものすごく一般家庭に近いことを、
世界大戦を目論む(今もかどうかは知らないが)六道骸という人間がしていたことも意外で、綱吉はただただ口を開けてそのやり取りを見ていた。
「この家に来る客は住んでいる全員の客です。特に沢田綱吉を邪険にすることは許しません。
なんですか綱吉、僕がまともに保護者やってるのがそんなに珍しいですか」
グイドと綱吉を交互に見た骸は、少しだけ心外だという顔をしてソファに座ると長い足を組んだ。
「うん。なんかお前お父さん、ってかどっちかというとお母さんみたいだよね。あとグイド君は反抗期の息子っぽい」
綱吉がソファに座りながら思ったままの感想を口にすると、骸とグイド、双方が顔を赤くして「なあっ」とか妙な声を出した。
(やっぱ似てんのかな)
ここにきてやっと子供らしい表情を見せたグイドは、すましていたときよりもずっと魅力的に見えた。
自分の顔とかスタイルとか常人よりはるかに優れたそれを最大限利用することに長けている骸にしても、こういう取り繕わない表情をす
るのは気を許した人間にだけなので綱吉としてはすごく嬉しかったりする。
「君は相変わらず妙なこと言いますね。あともうちょっとこっちに来なさい。グイドも座りなさい」
お母さん?僕が?とかぶつぶつ呟きながら骸は近づいた綱吉の腰を抱いて引き寄せた。
どうやら恋人同士の触れ合いを見せ付けることが少年の教育的にどうかとかそういうことは考えていないらしい。
綱吉としてはスキンシップはいつものことだったのでされるがままになっていたが、気がついてグイドを見ると顔で
「不本意です」と言いながらソファに腰掛けるところだった。
少し配慮に欠けていたかもしれない。
それだけでなく先ほどの綱吉の発言を引きずっているのかもしれなかったが。
「骸さんその人」
「会ってみればわかる、と言ったでしょう。沢田綱吉はおかしな男なので最初は奇妙でむかつく
生き物に思えるかもしれませんが、きっと君も好きになると思いますよ。ああでも恋はしないでくださいね。僕のなんで」
骸は綱吉の耳に近い髪をなでながら堂々と言い、それから今日の紅茶が苺のフレーバーティーであることと、
お茶請けのチョコレートが一粒で良い値段をとる有名ななんとかという店のものだからゆっくり味わって食べるようにということを付け足した。
綱吉としてはえらく失礼なことを言われたような気がして不本意である。
「なんだよそれ」
グイドも同じような顔をしていたから思ったことは似ていたのだろう。
奇妙でむかつくのに好きになるとか恋はするなとか矛盾している。
「それなりに君と付き合っているなら誰もが納得する紹介だと思いますけどね。本人がわかっていないからこそなので別に君は気にすることじゃない」
長方形の小さなチョコレートがひとつ、骸の口の中へ消える。
むぐむぐと溶かして、幸せそうな顔。
可愛いから骸がチョコを食べるたびにちょっと楽しみにしているのは綱吉だけの秘密だ。
指についたものを舐める仕草は逆に目の毒になるような色気を放っているためにどぎまぎして顔を逸らすのまでいつものことだ。
それを見ていたグイドは色々勘付いたらしく、うげえ、という音声がつきそうな表情をしていた。
「そんなに仲良くしたくないからそういうのいらないんだけど」
不快感を表すものから醒めたようなものに表情を戻すと、グイドはそれに、と続けた。
「俺には骸さんに匿ってもらった義理はあるけど、その人にはなんもない。裏社会の人間じゃないからマフィアとかに関わる気ないし」
目の前の少年は十二だと聞いていたが背丈とその落ち着いた話しぶりから随分大人びて見えた。
中学一年生といえば綱吉はまだ自分がマフィアの血を引いているなんてことは微塵も知らずに、友達もいないただのダメツナだった頃だ。
その頃ならグイドのような少年を大人っぽいと憧れたのだろうが今はそれが必ずしも幸せでないことがわかる。
それは他でもなく元敵現恋人である六道骸に出会ったからで、だから骸はこの子にやさしいのかもしれないと思った。
「裏社会の人間じゃないって、なんで骸のとこいるの?あ、凪みたいなの?」
直感的には違うように思えたが一応尋ねた綱吉の疑問には、隣の声が答えてくれた。
「違いますよ。事情が違う、と言ったでしょう。まあ確かに僕とグイドは“近い”ので楽に憑依できるというのもあるのですが、彼は警察に捕まるようなことをたくさんやっている。法的に悪とされることです。だが裏の世界ではマークされていない、ただの犯罪者でマフィアとの繋がりもないですから。つまり僕が彼を匿う代わりに僕は彼の体を借りる、もしくは端末として使う。そういう関係なんです」
「ま、また脱獄囚ー!?てか学校行かせて大丈夫なのかよ。あと罪は償わなくちゃだめだよ!」
「僕を助けた君が言いますか。まあ一般的な牢獄だったので簡単でしたし、ひとまず日本では大丈夫でしょう。ちょっと容姿を変えるくらいのスキルは分けてありますし」
こともなげに骸が言う。
つくづく彼が復讐者の牢獄なんていうものに囚われていた訳を知る。
普通の場所なら幻術とマインドコントロールであっさりと逃げられてしまうのだから。
「そういうことなんで、あんまり関わらないでください。俺ボンゴレがどんなものだとか知らないし、捕まるのはやだから情報も漏らさないんで」
グイドは綱吉に向けて言うと紅茶をひとくち飲んで、骸さんって器用すぎて時々気持ち悪いよねと呟いた。
美味しいらしい。
あまりにも突き放した言い方だったが、反応したのは綱吉ではなく骸のほうだった。
「生意気なガキだ。僕の綱吉に向かって。殺したいな」
自分に対しての悪口は気にならないようだが、いつからだろうか、骸は綱吉を軽んじる人間には敵意を向けるようになった。
今も笑顔ではあるがぴりぴりした殺気が肌を撫で、綱吉の背中にはぶつぶつと鳥肌が立った。
こればかりは恋人とはいえどうしても反応してしまう。
特に超直感は骸との戦いで目覚めたようなものなのだから。
グイドも骸の殺気を感じたらしく、びくりと肩を揺らす。
犯罪歴があるとはいえ、いやあるからこそかもしれないが、まだ中学に上がったばかりの少年には強すぎる圧力だろう。
「骸、脅かしちゃ駄目だって」
綱吉が咎めると、骸はついに不機嫌な様子を隠すこともなくなんですかと少しだけ顎を引いて視線を下げると、左の碧眼が飴色の眼と交わるようにした。
少し細くなったそれに僅かに光が入って見ているだけならひどく芸術的できれいだが、その眼の上の細い眉がひそめられて眉間にはしわが寄っているのがわかる。
綱吉は少し苦笑すると腰に回されていた骸の手の甲をひと撫でして外した。
「綱吉」
立ち上がった綱吉は振り返って名前を呼んだ骸を見たが、ただ微笑んで唇に人差し指をあてただけだった。
黙っていてという仕草に少し不本意そうな表情をした骸だったが、悪戯を思いついたように楽しそうな綱吉を見て毒気を抜かれてしまったのか、好きにしてくれとでもいうようにため息を吐いた。
普段なら烈火のごとく怒りそうなものだが、グイドはやはり骸の内側にいる人間なのだと直感が綱吉に告げる。
では尚更、ここで彼と決裂するわけにはいかない。
広いソファの内側を移動し、対面になるよう座っていたグイドの隣に乗り上げて正座するような格好で座る。
「ね、そういえば俺自己紹介してなかったよね」
「は」
肌を刺すようだった殺気の恐怖が拭えていないのか綱吉が来たことに少し居心地悪そうにしていたグイドは、その発言にハトが豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。
「俺は沢田綱吉。歳は骸のひとつ下な。十月で16になるんだけど。並盛高校1−A組あだ名はダメツナ。最近嬉しいことにあんまり呼ばれなくなったんだけど、俺本当に勉強も運動もあんまり得意じゃないっていうか。何をやってもダメダメっていうか。俺の周りにはなんだかすごい人多いけど。よかったら紹介するよ。グイド君に興味ある人もいるみたいだし。あ、あと骸とはその、一応付き合ってるっていうの?うわあなんかこれ恥ずかしいな。男同士だから変だって思うかも知んないけどさ。俺週一はだいたいここに来てるし、困ったことがあったら言ってよ。後ろのやつとかここの人は常識とずれてること多いし。うんまあ、とにかく、よろしく」
一気に喋ると右手を差し出す。
自己紹介で握手なんて習慣は日本人の綱吉にはあまり馴染みがなかったが、相手は少なくとも生まれは外国だろうからこれで合っているだろう。
背後からなんですか常識からずれてるって、僕はほかの連中よりずっとまともですとか主張する声が聞こえたが気にしないことにする。
一方のグイドは綱吉から差し出された手を見てまた固まっていた。
取ろうかどうしようか迷っているのか、それとも全く取る気がないのかは判別が付かなかった。
「あんた」
「ん」
「ボンゴレのボス候補だろ」
凝り固まった筋肉をほぐすように少しずつグイドが話始める。
先ほどの敬語は消えていた。
綱吉としては距離を置かれるよりずっとこちらのほうが良いような気がした。
「うん。まあね。今のとこね」
「じゃあなんでダメツナとか、相談しろとか。俺も取り込む気なの」
警戒心を解かせてボンゴレのために自分を利用するのかと訊かれているらしい。
「も」と言ったのは骸が何をしているのか知ってるせいかもしれない。
二人がその仕事中に出会った可能性もある。
恋人の立場を利用して骸にボンゴレの仕事をさせているのか、気を許したら自分もそうする気か。
綱吉にとっては胸を抉られるような、いや膿んだ傷口に爪を立てられるような言葉だった。
骸だけではない。
他の守護者だって綱吉にとっては大事な友人で、先輩で、かわいい弟だ。
本当はボンゴレのボス候補を誰かに譲って、指輪も彼らではない別の人たちにはめてほしい。
いくつかの戦いを経て決心がついてもその想いが消えてしまうということはなかった。
「綱吉」
「大丈夫」
背中に掛けられたやさしく、しかし何かをこらえるような声を制して、綱吉はグイドに改めて微笑みかけた。
うまく笑えたかは、正直わからなかった。
少年の瞳には少しの後悔と疑心、それに諦念と苛立ちが見えた。
「取り込むつもりなんてないよ。俺今は力も権限もないけど、グイド君にそういうことがあったら絶対に止める。約束。守らなかったら骸が俺のことひっぱたいてくれるから」
ね、と綱吉はここで一度恋人を振り返って問いかけた。
彼は一瞬だけ泣き笑いのような、目の前のものが心底愛おしいというような顔をしたが、すぐに表情を戻すと二度目のため息を吐いてわかりましたよ、とだけ言った。
「本当は皆のこともそうしたいって思ってたけど、決めたことがあって譲れなくなっちゃって。でもマフィアとかそういうの抜きで、沢田綱吉と仲良くして欲しい。ダメツナでイライラするかもしんないけどさ、よろしく、してくれる?」
改めて差し出した手に触れるものはやはりなく、グイドはジーンズに置いていた手をぎゅっと握ると顔を背けるようにしてうつむいていてしまう。
顔にかかる髪の毛の隙間から、何かを言おうとしてやめる唇が見えた。
「ああもう、じれったいですね」
ふわ、と馴染みの香りがしたかと思うと後ろから抱きつかれた。
いやのしかかられた。
身長差とか体重差とかがはっきりわかるほどに違うので、綱吉は蛙がつぶれたような音を出してソファとキスしそうになり、慌てて片腕をつっぱる。
「な゛にすん」
「握手ぐらいさっさとすればいいでしょう。こんなのただの形式なんですから。したってよろしくできるわけがないし、綱吉もグイドも緊張して汗をかいているからびちゃびちゃして気持ちが悪いだけです。はい」
慰めるかと思えば綱吉が今までグイドにかけた言葉とか真摯な態度を台無しにするようなことを言って骸は、差し出したままのかたちでふるふる震えていた綱吉の手を固定し、握り締められていたグイドの拳をとって無理矢理開かせた。
そうして双方をばちんと合わせる。
残念ながら綱吉はいまだにソファとにらめっこしていたのでその様子を見ることはできなかったが、確かに自分肌もグイドのそれも湿っていることがわかった。
互いに緊張していたとすれば、綱吉の独り相撲ではなかったらしい。
「ほら、何をやっているんですか。ちゃんと握り合いなさい。僕が許すといっているのに、もたもたしてるとぶっ刺しますよ」
こいつはどれだけ自分が偉いと思っているのだろうか。
そう思いはしたが、これを逃す手はないので綱吉は指先に力を入れた。
「グイド」
呼ばれるとグイドも綱吉の手をゆっくり握り返して、そのまま渾身の力を入れた。
それこそ小学生とか中学生が好んでやる悪戯ではあったが、おそらく並の人間より過酷な状況を体験しているであろう少年の力は非常に強かった。
「いででででででで。ちょっ、グイド!たんま!」
悲鳴とまではいかないが思わず呼び捨てしてしまうほどに痛みを訴えた綱吉の指からは反射的に力が抜ける。
その隙を利用して手を離したグイドは、そのまま立ち上がったようだった。
両側から放射状にあったソファの皺が、綱吉の方だけになる。
「骸さん、今日の風呂掃除代わらないからね。あと洗濯はその人にやらせて」
降ってきた声はすっかり落ち着きを取り戻した、やっぱり生意気そうな子どものそれだった。
「いいでしょう。ただ綱吉は実家暮しのあまちゃんなのできちんと洗濯ができるという保証はありませんが。白いシャツがピンクになったり洋服が型崩れしても良いと言うなら」「悪かったよ俺がやる、いややらせてください」
「わかればいいんです。部屋に戻るのですか」
「うん。紹介は終わったでしょ。二人は勝手にやっててよ。なんか見てるとむかむかするからさ」
「おや、嫉妬ですか」
「どっちがだよ。じゃあね」
テンポ良く会話が交わされた後にリビングのドアの開閉音が聞こえた。
綱吉はその間ずっと押さえ付けられたままだった。
いいかげん首や肩が限界をむかえている。
「おまえ、はやくどけ」
「おや、まだ僕の下に居たのですか。気が付きませんでしたよ」
そう言いながら更に体重をかけてくる。
窒息してはたまらないので顔を横に向けるも、今度はひねっている場所に負担がかかっているのか痛くてたまらなかった。
「なに、むくろお、こって 」
上手く息ができずにいるせいで口内には唾液がたまって喋り辛い。
もしかしたら垂れているかもしれない。
そんなことに気をとられている綱吉に違います、と言う声が落ちてくる。
「相変わらずのタラシっぷりに呆れていたのと、惚れ直したんですよ。本当に綱吉は綱吉ですよねえ」
「なに」
良く意味が分からない、問い掛けは抱き締められることに代わられた。
または、黙殺された。
右耳のごく近い場所を骸の吐息がそっとなでていく。
「あの通りまだただの子どもですから。まともに育って欲しいんですよ。なんですかね、親心?感謝します」
「うんまあ、よくわかんないけど、どういたしまして?がんばれおかーさん。あと俺のこと、も思っ、てはやくはなれろ」
柔道でいう押さえ込みのような体勢で、綱吉はほぼまったく身動きが取れない。
うまく呼吸ができないせいで息もあがってきている。
ああ確かにこれではつらいですねと白々しく吐いた骸が、少しだけ身体を浮かすと、綱吉の折り曲げられていた足を伸ばした。
つまり、完全なうつ伏せの状態にされてしまった。
呼吸は楽になったが離せという希望は叶えられていない。
「おい」
「なんですか」
「なんですかってこの格好がなんですか。どけ」
「いやです」
間髪入れずに返された。
心なしか肩甲骨の辺りとかを撫でられているような気がする。
「いやですってお前」
「なんだかむらむらしてきちゃって。君が色っぽい声なんか出すから」
苦しそうにしていたんだという綱吉の訴えはもちろん聞き入れられることはなさそうだ。
この男はさっき親心がなんだとか言っていたくせに、完全に忘れて楽しそうにしている。
「ぐ、グイドいるだろ!子どもの教育に悪いことはやめろ」
「大丈夫です。このマンション、防音しっかりしていますし。おとなしくしていれば本番になる前に僕の部屋に連れて行って差し上げますよ」
「途中までここでするんかい!却下。てかお前の部屋も却下」
「えー」
「えーじゃない!」
圧倒的に不利な体制に持ち込まれた綱吉は、この状況をどうするか必死に頭をめぐらしていた。
一方その頃、リビングに続く扉の向こうで夕飯の買出しに行っていた千種、犬、凪の三人もどうやったら主の機嫌を損ねずに冷蔵庫に肉やらいつもより多めに買ってきたアイスやらを詰め込むことができるかを思案していた。
20081101