よにんでふたつ
あの年の一月は寒くて、雪の中練習することも多かった。
駅で分かれる前に二つの肉まんを四人で買い食いするのがちょっとだけうしろめたくて、ものすごく楽しみな共有の秘密だった。
「ね、一馬、結人、ちょっときて」
潤慶が二人にこっそり手招きをした。
休憩時間、英士はトイレに行ってちょうど席を外している。
「なんだよ。また嫌味か?」
「一馬がヘマするからだろー?」
「でも今日は僕も悪かったよ?あれ相談してなかったし。そうじゃなくって耳かして?」
潤慶の日本語はまだちょっとクセがあって、それでも仲のいい一馬と結人が聞き取るのは難しくなかった。
試合中たまに感情的になって韓国語で出してしまう指示さえ分かるようになってきている。
今はいない英士は結構喋ることができるみたいだけれど、その場面を見たことはそんなに多くはない。
訛りのある発音で、もうちょっとこっちに寄ってと急かされて子どもたちは内緒話に胸を高鳴らせて身を寄せあった。
「あのね、今日はヨンサの誕生日じゃない?」
「知ってる」
「朝言ったじゃんかよー」
今日は25日で英士の誕生日だということは仲の良い一馬と結人が知らないわけがないことで、誕生日プレゼントを用意するにはお金も足りないし照れくささも相まって、会ったらすぐに二人で言おうと決めていたのだ。
案の定三人とも照れてしまって潤慶に盛大に笑われるという更に恥ずかしい朝になってしまったのだが、ありがとうを言ってくれたので満足だった。
「でね、僕もプレゼントはいいかなーって思ってたんだけど。イイコト思いついたんだ」
こしょ、こしょと冷えて赤くなった手を筒のようにして二人に耳打ちをする、聞く方もなんだか神妙な気持ちになって頷いてみたりする。
「お、いいなーそれ。俺、さんせー」
「でしょ?」
「お、さすがイトコ!物真似もそっくりだな!」
「なあ、最後の方ちょっと聞こえなかった」
「一馬くんさっすがリーマン!耳も遠くなってきたか!」
「うるせえよ結人」
「何やってるの」
後ろから聞こえた声に思わず固まる、英士だ。
「お、おお英士早かったな」
「トイレにそんな時間かかるわけないでしょ。何の話?そんなに集まって」
「一馬が僕のアシスト無駄にした話だよー」
「おい、潤慶それはさっき」
「あれは潤慶も悪かったと思うけど。指示と違ったし」
「だよねー」
ちらりと送られる目線は黙っておけの合図。
同じように視線を返して四人はいつものように新しい作戦や奇抜な技なんかを考え始めた。
個人技もさることながら集まったときに一番のプレイになる、川崎ロッサの「黄金カルテット」の由来だ。
大体とんでもないことを言い出すのが結人で、海外の選手の技をやってみたがるのが一馬、実際どうするのか考えるのが潤慶で、ポジションやパターンを整理するのが英士の役目だった。
ああでもないこうでもないと土に線を引いて、最後には何がなんだか分からなくなってしまってもそれなりに楽しい。
休み時間だっていつだってサッカーなしではいられない彼らだったけれど、今日だけは英士以外の三人は別のことを考えてちょっと上の空だ。
案の定隠すのが下手な一馬が一回頭をはたかれたけれど、気付かれることはなかった。
「ふああ、終わった」
「結人、カバンのなかはちゃんと整理しなよ。潤慶も」
「俺は一馬みたいにしんけー細いわけじゃねーからいいの」
「僕もー」
「図太いやつはいいよなー」
「ねー」
「何だよかじゅまのくせに!」
「あはははーくせに」
「うるさいよ」
じゃれながら帰り支度をして、いつものように四人一緒に部屋を出る。
失敗したいくつかのアシストやキックと、成功した一つ二つのパスやゴールについて話しながらの帰り道は駅前のコンビニが見えるまですぐだった。
「今日は何にする?」
「俺ピザまん食いてーな」
「げえ、ピザかよ」
「あれおいしそうじゃない?塩ブタ」
「やっぱ肉だろー肉まんにしようぜー」
「じゃあ肉まんと塩ブタまんで」
「ピザは却下ですか」
かしこまりましたーありがとうねーというもう顔なじみになってしまったアルバイトのお姉さんがにこにこしながら、毎度のことだけれど熱いから気を付けてねーと丁寧に袋を渡してくれる。
愛想のいい結人や潤慶に渡されることが多かったけれど今日は注文をした英士だった。
大人にはやたらと猫をかぶるくせのある英士はありがとうございますと礼儀正しくかつにこやかに受け取って、お姉さんに無駄な溜め息を吐かせた。
「あ、ちょっと俺、電池買ってきてって頼まれたんだった。一馬ちょっとこい」
「はあ?なんで俺だよ」
「英士と潤慶はここで待ってろな」
店を出た所で結人がそう言って慌てて一馬を引っ張っていく。
いらっしゃいませーというお姉さんの高い声が自動ドアのむこうに消えた。
「潤慶」
「うん?」
「なんかたくらんでるでしょ」
英士の口調は断定的で、軽く潤慶を睨む。
「まあまあ、食べてようよ」
「だめたよ。まだどうやって分けるか決めてないでしょ」
こういう所にやたらとこだわる英士は、ほかほかとあたたかい袋を潤慶から遠い方の手に持ちかえた。
「一馬演技下手だし」
「まーね。僕がやった方がよかったかな」
「潤慶はすぐわかるよ」
「でしょ?」
口真似は本人には不評らしい、英士は睨んだ目をそのままに眉根を寄せて口元まで曲げて嫌そうな顔をした。
自動ドアが開く音がしてお姉さんのどうもありがとうございましたーのざいましたーだけが大きく聞こえる。
戻ってきた結人は明らかに電池ではないものが入った袋を持っていた。
「英士、これ誕生日プレゼントな!」
取り出されたのは二個入りのコンビニショートケーキだった。
「ヨンサが見てない間にお金集めるの大変だったんだよ」
「そーだぜ、感謝しろよ」
「これしかなくて悪ぃな」
三者三様の照れ隠しをして、突き出した箱が受け取られるのを待っている。
「こんなに食べれないよ。家にもあるのに」
今日は誕生日だからケーキ買ってくるわねという母の言葉を子どもは忘れていない。
「家で一緒に食べようか」
そのあと小さく言われたありがとうに三人は満足げに頷いた。
それから誕生日の日にケーキを買ってくるのは、三人か、一人が海の向こうにいるときには一馬と結人の役目になった。
ハッピーバースデー、英士。この日に感謝を!
20090125